箱学
□一目惚れ
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-4ヶ月後-
ロードレースのインターハイが終わった。
こっそりレースを見に行っていた雪乃は、王者と呼ばれる箱根学園が千葉の総北高校に負けた瞬間をその目で見ていた。
あれは、多分、全力だったんだと思う。
素人目にもわかるくらい、真波くんと千葉の選手が2人でトップを争っていて、その光景に圧倒された。
レースが終わって、真波くんの表情は見えなかったけれど、なんだか放っておけない気がした。
けど、ロードについても真波くんについてもよく知らない私がかける言葉なんて思いつかなくて、そのままそっと会場を後にしたのだった。
そうして夏休みが明け新学期になり、東堂が雪乃の前に現れた。
唐突に騒がしくなった教室内に雪乃は驚いて顔を上げると、東堂尽八その人が雪乃の前に立っていたのだった。
「篠宮雪乃さんだな?」
「あ、はい...」
「真波と同じ自転車競技部の東堂尽八だ。
急にすまない。
少し時間はあるだろうか?
真波のことで少し話したいことがあるのだが」
「あ、はい.....大丈夫です、けど...」
雪乃は戸惑いながらも返事を返した。
どうして東堂先輩が私と真波くんの関係を知っているのだろうか。
場所を移動して、話し始めた東堂先輩の話によると、どうやら真波くんは、私とのことを相談していたらしい。
それから真波くんが落ち込んでいることも聞いた。
「あいつは...真波は掴みどころはないが、いいやつだよ。
できたら力になってやってほしい」
そう言って頭を下げた東堂先輩は私の返事を待っているようだった。
「私には...なにも...」
「篠宮さんにしか出来ないんだ」
「私は..」
「真波のことが好きなら、なんの問題もない。
何かしなくても構わない、ただあいつの側にいてやってはくれまいか?」
「......」
俯いた私の手をそっと東堂先輩が握った。
「キミなら大丈夫だ、篠宮さん」
顔を上げて言葉を返そうとした私の身体は、不意に後ろに引っ張られた。
「えっ?」
「東堂さん、どういうつもりですか」
剣を含んだ言い方をするその声は真波くんだ。
「どういう、とは?」
「俺の気持ち知っているでしょう?」
「真波、勘違いをしているぞ?」
大きくため息をつく東堂先輩。
「まぁいい。
決めるのは篠宮さんだ」
そう言って去っていった東堂先輩に私は絶望した。
この状況、どうしてくれるんですか⁉
しかもそれ、私に向けた言葉だけど、真波くんが言われたと思ったら紛らわしい事になるのでは?
雪乃は後ろにちらりと視線を向けた。
案の定、なんだか不機嫌そうな真波くんの顔。
あれ、でもなんか...
「真波、くん?」
そう声をかければ
「俺...もう何にも負けたくないのに...」
そうポツリと言葉が落ちてきて、もう一度顔を見上げれば
やっぱり...
「真波くん。
そんな顔、しないで...」
雪乃はそう言ってそっと真波の頬に手を添えたのだった。
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