現代怪奇考 〜屋上の生徒会〜

□〜第二章:屋上の扉〜
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 ……ピッ、……ピッ、……ピッ……

 規則正しい電子音と、逆説的ながら病的に清潔で白い視界。
 怪しげな幻覚を見た翌朝を、彪は病院の一室で椅子に座ったまま向かえた。
「クソッ……」
 病室に壁を殴りつける鈍い音が響く……
 目の前には誠也が、昨日まで他人事のように話していた意識消失事件の被害者として、ベッドに横たわっている。
 身体には内外ともに何の異常も無く、そしてそうであるが故に医者にも“治す”ことは不可能らしい。
「………ッ!」
 再度、壁を殴ろうとして……止めた。
 …本当に殴りたいのは自分自身だ。無力な自分に最も腹が立った。横で疲れて眠ってしまった女の子一人、琶耶すら安心させてやることもできない自分に…。
…左手を握り、右手で硬さを確かめる。そして、

 ……ガッ……

 その拳で思い切り自分の額を殴った。鋭い痛みが体を貫き、反射的に体が震える。
「…っつ〜…」
 思わず殴った左手でそのまま額を抑えた。
 ……だが、目は醒めた。自分にはまだ、できることがある。
 アイツは言った。

 ――場所は分かるだろう、必要になったら来い。鍵は開けておいてやる。

 あの少女の姿に重なる風景は学校の屋上。自分でも不思議だが、それが彼女の言う“分かる”ということなのだろう。
 彪は病室を飛び出し、その勢いに呆気に取られている巡回看護婦をそのままに、病院の正面玄関に向かった。
 ガラス製の自動ドアはまだ動いていなかったが、すぐ横に非常扉を見つけ、そこから外に出た。
 そして、すぐに病院前で客待ちをしていたタクシーを拾い、彪は運転手に行き先を告げる。
 しかし、依然疲弊したままの彪の体は本人の意志に反し、ひどい睡魔に襲われて目を閉じた……

 ……………。


 ――7時間前、双星学園学生寮。

「ふぁーあ〜……」
 双星学園の学生寮。彪はその管理人室でくつろいでいた。
 管理人室にいるのは当然ながら彼がこの寮の管理人だからだ。
 この町の学生寮では代々管理人は学生が勤めることになっていて、安いながら給料も出る。元々セキュリティは万全なため、仕事は回覧板を回したり、壊れた所を学園に報告して業者を呼んで貰う程度。さらに食堂も別にある学生寮で、日常的な仕事はほぼ皆無なわけで、更に宛われる管理人室は(他の学生が二人で一部屋なのに)一人用な上、一階の玄関脇にあって便利なことからも、管理人職は憧れの的になっている。
 ただ鉄則として管理人は寮内でトラブルが発生した場合、ことの解決に全力を尽くさなくてはならない。……ちなみに最近のトラブルは下着泥棒(二日間徹夜で見張ったあげく犯人(?)は寮内の飼い猫だったのだが)。
 しかし、そんな呑気な管理人生活を送っていた彪の元に一本の電話が掛かって来た。

「――先輩!?斎稀先輩ですか!?」
 焦って裏返るほど取り乱した声。琶耶の声だった。
「あぁ、どうした。何があった!?」
 尋常ではない雰囲気にすぐに聞き返す。
「兄さんが……突然倒れて……」
「分かった、少し待ってろ!!」
 鳴咽の漏れる子機を抱えたまま部屋を飛び出すと、走りながら携帯で119をコールした。
「――救急ですか?消防ですか?」
「救急だ。住所は双星学園第三学生寮。303号室で一人倒れた!」
 階段を駆け上がりながら応答する。
「……容態は?」
「分からねぇ!!」
 そう言いながら、上石と名札のかかった部屋に飛び込み、泣き崩れている琶耶と倒れている誠也に駆け寄る。
 琶耶を背後に誠也の脈と呼吸を確認、再度携帯をとり
「少し荒いが脈と呼吸はある。四肢の痙攣や外傷はない。」
 容態を報告した。
「……分かりました。救急隊の到着までに2〜3分かかりますので、脈と呼吸に注意しながら、安静を保って下さい。」
 彪は言われた通り誠也の口元に耳を近づけ、手首に指を当てた。
 そして、そのまま2分程経った時、寮の前に着いた救急車のサイレンに混じって彪は耳元で寝言のように呟く誠也の声を聞いた。
「……開かないか……暗い、……迷路……?」
 一瞬、意識が戻ったのかと身を起こしかけたが、
「……お腹へった……」
 誠也はそれだけ言うと再び口を閉じ、二度と口を開かなかった。

 ――そして今に至る。

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