小 説
□しあわせ散歩道
1ページ/1ページ
歩く、あるく。
ぐねぐねと。
見上げると曇り空。そして東京ならではのビルのフレーム。建物が映らない空なんて、久しく見てない。はー、と息を吐く。白い。
嬉しいことに最近は休みがなく、今日は久しぶりのオフ。目的もなく東京の街を散歩する。今日は平日の昼間。
「あれ、村上さん?」
背後から聞き覚えのある声。振り向くとそこには、最近よくお世話になっている衣装さん。彼女は俺達よりキャリアは浅く、俗に言う新米。
密かに、かわいい、と思っているのは俺だけの秘密。
「なんでここに?」
「散歩です」
にこっと笑う姿。いつもと違う服装。なんだか鼓動が速い。
「村上さんは?」
「あ、俺も散歩」
「そうなんですか?気が合いますね」
そう言ってはにかむ彼女を見て、俺も自然と笑顔になる。いや、にやけている、の方が正しいかもしれない。
「良かったら、ご一緒しません?」
自慢じゃないが、彼女とは仲が良い。アドレスを知っているわけではないが、芸人の仲では俺が一番話している。よく笑うし、話しかけてくることも増えた。勘違いでなければ、仲は良い。
「あの、もしかして一人でいたいですか?」
俺が黙ってしまったから、怪訝そうに顔を覗き込まれた。上目遣いは反則。
「まさか、一緒に行こ」
俺が笑えば、彼女も笑う。隣通しで歩いていれば、町行く人々は俺達を恋人同士だと思うだろう。
「村上さんもよく散歩するんですか?」
「たまに、かな」
他愛もない話が続き、唐突に問われた。気にきいたことは言えなかった。聞き返すと、彼女は鼻の頭をこすりながら、はにかんで答えた。
「散歩、好きなんです。散歩というか歩くのが。自転車じゃ感じない風にあたったり、周りの風景をゆっくり見れたり、魅力的です」
「そっか、魅力的ね」
俺にはその優しい笑顔が魅力的で、愛しくなった。嬉しそうに話す姿。この子といると優しい気持ちになる。
「ゆっくり歩いていると、小さな感動とか見つけれるんですよ」
「今日も見つけた?小さな感動」
「はい!村上さんに会えました!」
「え、」
今のは、やばいでしょ。
俺の目を見て、最高にかわいい笑顔で、そんなこと言われて、少女漫画じゃないけど、すごく、ときめいてしまった。
もしかしたら、良いな、と思っているのは俺だけじゃないかもしれない。
君が感動だと言ってくれたこの瞬間が、俺の至福の時間。
しあわせ散歩道
.