小説
□文房具物語@・A
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シャープと消しゴム
一目見たとき俺は運命だと思った。雪のように白い肌を見せながらしなやかに動くその姿はまさに天女。肩下から膝上までしかないワンピースは危ないと思わせるギリギリラインだ。あぁ、願わくば彼女とともにこのまま…。
『早く働け、シャープペンシル』
今、目があった。当然か、睨みつけられてるんだから。
『ちぇ、また仕事かよ。頑張りやさんだな…社長もお前も』
『喋る暇があったら仕事しろ』
そう言ってゴシゴシと床を拭く彼女。みるみるうちに肌が汚くなっていく。せっかく綺麗な顔をしているのに残念だといつも思う。
『よ…っと!』
『あぁ!そこ違う!あなたは隣の列よ!』
『え?…あ、わりぃ!』
『さっき消したばかりなのに。仕事増やさないでよねシャープペンシル』
『なぁ、あのさ…。なんで“シャープペンシル”なわけ?もっと違う言い方あるだろ』
これもいつもの台詞。なんでだか彼女は俺の名前を覚えてくれない。手を休めることもなく彼女は呟いた。
『別にいいでしょ、シャープペンシルなんだし』
『それは一般的な名称。芸能界でいう“お笑いタレント”みたいなのと同じ!もっとわかりやすく言えば人間に“人間”って言ってるのと同じってこと!』
『……あんたお笑いタレントと同じ立場だったんだ、全然面白くないのに』
『そこじゃないッ!』
立ち上がった瞬間、芯がポキッと折れた。
『はうぅ…!ヤバい、骨折……!早く病院に…』
『えぃっ』
『ぼふぅうッ!?』
頭を思いっきり押され、顔が隠れると新たな芯が足の代わりになった。
『いちいち騒ぐなシャーペン。社長に迷惑かける気?』
『だ、だからって…そんな強く押さなくても…』
『次、そこ!…違う、そっちよ!あぁもぅ!ほら、あそこもよ!ブツブツ言わない、こっち見ない!よそ見するからはみ出してるじゃない!』
……ここの仕事はマジでハードだ。そう思いながらも俺はノートの上を走り回った。
仕事が終わり、仲間は寮へ帰る。社長が準備してくれた俺たちの寮は黒い金属製の建物。二階建ててひんやりはしてるが、みんな密集してるので寒いとは感じない。
『…お前、帰んないのか?』
『いつものやってから帰る。今日は特に汚れたから』
『そっか、じゃあお先』
そう言うと俺は寮へ向かう素振りをして、近くの建物の影に隠れた。
ここから俺の最高の楽しみ…生きがいと感じていることが始まる。
『………ぁ、』
『……』
『ん、……あ、ぁあ』
『……』
『ふあ…は、あぁ…』
彼女は黒くなった肌を机にこすりつけ、汚れを落としている。その声がどんなに色っぽいか想像つくだろうか?
彼女にとってはシャワーを浴びているのと変わらないのだろうが、あの顔はマズいって。男がほっとかないって。だから俺は常習犯になっちまったわけだし。
『ぁ、いぃ!…はぁ、あ…!』
そうして落ちた黒い汚れ。彼女の肌は世界一白い。いつかあの肌に直接触れてみたい。俺は手をあわせながらそんなことを考えていた。