ようこそラメールカフェ!
□見えない壁
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「ねえ柊さん。日曜の私用って何?」
事務室の掃き掃除をしながら渚が柊に問いかけた。柊はシフト制作中だったようで、スケジュール帳と睨めっこをしていたが、渚の視線に気が付いたのか顔を上げて目を細めた。
「ごめん渚ちゃん、今何か言った?」
「言った。メール見たよ。次の日曜臨時休業なんだって?」
「あー、その話かぁ。皆よく働いてくれるからね。たまには休養を」
「よく言うよ。日曜は稼ぎ時なんですよ?」
「俺の場合趣味だからね」
「あたしの場合は給与第一なんです」
眉を寄せて苦言を呈す渚に対し、柊はあくまで楽観的に「あはは」と笑った。全く、笑い事ではない。これだから副業者は。
不機嫌な顔を崩さずにいると、ふう、と柊は溜息を一つ落とし椅子から立ち上がった。伸びをしながら近づいてくる長身の彼に、渚は顔を上げる。
「柊さんと話すと首が痛い」
「別に無理して顔を上げなくても良いんだよ?」
「……分かってるし」
「渚ちゃんのつむじは右巻きだねえ」
「人の頭を観察するなっ! やっぱり顔見て話す」
再び顔を上げると、にこにこと渚の言葉を待つ柊の姿が。本当に調子が狂う。
代理とはいえこの店のオーナーなのだから、私用による急な休業はやめて欲しい、そのことを言いたいのに。
「渚ちゃん。稼ぎたいのなら掛け持ちなんて良いと思うよ」
「は……掛け持ち?」
「うん。居酒屋とかガソリンスタンドとか」
「あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「言いたいことはハッキリ言ってくれて良いよー? 俺はオーナーだからね」
「だから……」
オーナーの私用で臨時休業だなんて、余程の用事ではない限りやめて欲しい。いや、もしかしたら今回がその余程の用事なのかもしれないが。だからと言って店を閉めてまで……
「渚ちゃん?」
「その用事って、あたしも付き合って良い?」
「え?」
「あ」
09.見えない壁
「ここって柊さんの通う大学じゃ……」
「そうだよ?」
ラメールが臨時休業となった日曜日、柊と渚の二人は、大きな建物の前で足を止めていた。会話の中で聞いたことのある学校名が、正門横の煉瓦壁に刻まれている。その立派な外観は、高校生である渚には敷地が高く、門を潜ることを躊躇わせた。
「用事って大学だったのか……」
「もうすぐ学祭があってねー、そこで研究結果を展示しないといけないんだ。その提出締切が今日なんだよー」
大学って連絡が急だったりするから困るよねえ、そう言って全く困っているように見えない表情で柊は肩をすくめた。
「何か、悪かったね。んなこと知らずに付いて来ちゃってさ」
「俺は別に構わないよー? 研究結果をUSBにまとめて、それを学校に提出するだけだから」
「それって結構大変なんじゃ……」
「渚ちゃんこそ良かったのかな? 拓真くん達の方に参加しなくて。向こうの方が確実に楽しいよー」
「……ま、キャンパスライフってのを覗き見するのも良いかもしれないしさ。一人だと緊張するけど柊さん居るし」
「そう。じゃあ行こうか」
広いから迷子にならないようにね、と言われたので、子供扱いするな、と返しておいた。