番外編

□偶然の出会い
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「なあなあー、藤崎くんは何組なの? 俺はC組だったんだけどさぁ」


 煩い。


「担任がまた厳しそうな人でさ、入学早々みんな萎縮しちゃってて」


 とてつもなく煩い。


「あ、そういえば部活とかどうすんの? バイトするならやっぱりパス?」


 何なんだこの男は。


「ねえってば。面接も終わったんだし少しくらい話そうよ」

「……お前、うるさい」

「そう? 店長さんだって言ってたじゃん。雑談でもしながらお待ちください、って」

「真に受けんな。こういう時は大人しく待つもんなんだよ」


 隼人が睨みを利かせつつそう言うと、目の前の男はキョトンとした顔を見せた後「暗黙のルールってやつ?」と首を傾げた。無視をして再び前へと向き直ると、今度は制服をクイと引っ張られた。何てうっとうしい奴なんだ。名前は結城とか言ったか。面倒な奴と面接日が重なってしまったものだ。おまけに学校まで同じときたら、運命の神様というやつを恨むしかない。隼人は歩に分からぬよう小さく溜息を吐いた。


「な、じゃあ静かに話そうよ」

「嫌だ、断る」

「何で。学校も学年も同じ、バイトの面接日も同じ。これは仲良くなるしかないだろ?」

「知るか。単なる偶然だ」

「いや、運命の悪戯ってやつだよ」


 何故か誇らしげな顔で言い切る歩。不覚にも先ほど隼人自身が考えていたことと同じような台詞を言われてしまい、一瞬言葉に詰まる。いや、こんな男と思考回路が一緒だなんてことはありえない。これも単なる偶然だ。本当に面倒くさい。


「なあ、この後ごはんでも行こうよ」

「……お前、急に話が飛ぶな」

「え? そうかな」

「…………」

「黙るなってー!」

「! おい」


 隼人が気付き手を伸ばした時には遅かった。歩がこちらへ体を捻った拍子に彼の肘がコーヒーカップへと当たり、注がれていたコーヒーと共に床へと音を立てて落ちたのだ。一瞬の出来事に二人して顔を見合わせた後、テーブルの下を覗き込む。案の定、そこには割れて無残な形へと変貌を遂げたコーヒーカップが転がっていた。床一面も黒く濁っている。最悪な状況だった。


「……どうしよ」

「ちっ……てめぇのせいでバイト探し直しだ。覚悟できてんだろうな?」

「切り替え早っ! ま、まずは謝らないと……!」

「あれ、どうかしたのかな?」


 オーナーは最悪のタイミングで現れた。目を丸くして、二人と床の惨状とを見比べている。歩は言い訳を考える暇もなかっただろう。隼人はと言えば、他にも候補に挙げていたバイト先を順番に思い返していた。しかし、彼の口から放たれたのは予想外の言葉だった。


「大丈夫?」

「えっ……?」

「怪我してない? 火傷とかは?」

「してない、ですけど。えっと」

「そっかー、それなら良かったよぉ。初出勤を前にそんなことにならなくて」


 オーナーは笑顔でそう言った。歩が安堵の表情を浮かべながら、謝っていたことをよく覚えている。








 あの時採用を取り消されなかったことは、柊に感謝しなければならない。しかし良かったのか悪かったのか、そのおかげで歩とも毎日のように顔を合わせなければならなくなったのだ。今年でラメール歴も三年目、お互い少しずつ、いや、歩は結構変わったと思う。


「水野さん……何度皿を無駄にすれば気が済むの」

「てへ。割っちゃった」

「速やかに片づけろ。十秒以内!」

「へ、へい! でも怒ってるゆーきさんも素敵です……!」


 歩に惚れているらしい彼女は締まりのない顔を隠そうともせず、楽しそうに掃除用具入れへと向かう。うんざりしている様子の歩は、割れた皿を見て小さく溜息を吐いた。


「結城、休憩交代だ」

「あ……藤崎」

「疲れるだろ、水野の相手は」

「はは……もう無理かも」

「だがあいつ、出会った頃のお前に少し似てるぞ」

「は、はあ!? どこが」

「うざくて面倒でしつこいところが」


 隼人が言うと歩は乾いた笑いを漏らした。分かっているくせに「そんな風に思ってたんだ」と、拗ねたような顔で。あの頃に戻られても困るのだが、二人のやり取りを見ていると変に懐かしさを感じる。あの頃の自分の苦労を存分に味わうと良い。



End
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アンケートより隼人と歩の出会い。
 

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