Fate

□矢印
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『私ね、リハビリ頑張ることにしました』

『えっ、本当に?』

『ええ。お互い過去に縛られるのはやめようって言ったじゃないですか。高校ではまた、陸上に復帰したいんです。……願望ですけどね』

『そっか……! 応援するよ』

『はい!』

『何か佐々木さん、明るくなったね』

『森山さんが、私を許してくれたお陰です。それに、私が事故前の私に戻ること……それがせめてもの罪滅ぼしだと思うんです。だから私、絶対に諦めません』

『その強い意思があれば、きっと大丈夫だよ。でも罪滅ぼしだなんて、そんな言葉使わなくても……君は被害者なのに』

『森山さんだって被害者ですから』


 そう言ってこころは目を伏せた。数秒後、再び颯太の方を見据える。


『森山さんも、復帰してくださいね、サッカー。球技大会での活躍、素敵でしたよ』

『あ……ありがとう』


 皆、颯太がサッカー部へ入部することを望んでいる。トラウマの克服を機に。過去からの脱却のために。こころも、瑞希も、そしてきっと、彼女も……


「ちょっと、森山くんってば! 聞いてる?」

「……え? あ、何だったっけ」

「もう……今我がサッカー部の良いところを力説してたんですけど! 聞いてなかったなー?」


 そう言って颯太の目の前で控え目に笑うのは、こころでも由衣でもなくサッカー部マネージャーの花岡瑞希だった。そうか、ここは学校で、今現在は放課後だった。いつもならば、生徒会室で過ごしているはずの時間……


「それで、話の続きだけどね」

「あ……カズからメール来てた」

「もう!森山くん!」


 瑞希に一言「ごめん」と断り、メールを開いた。明日も来ないの、か。こんな風に連絡をくれるなんて、珍しい。心配かけてごめん、とだけ返信する。するとすぐ「×心配○迷惑」なんていう何とも彼らしい返事が届いた。安堵と自嘲の混じったような息を漏らし、メール画面を閉じる。


 携帯電話をポケットへと仕舞い、顔を上げた。するとそこには先ほどまで目の前に座っていたはずの瑞希の姿はなく、椅子がポツンと残されているだけだった。ふと辺りを見渡せば、ベランダ側の窓から校庭を眺めている瑞希が目に入る。何だ、あそこに居たのか。花岡さん、と声を掛ければ、彼女は間を置かずに振り返った。


「生徒会の皆さん、今帰りみたいだよ」

「ああ……もうそんな時間か」

「織田くんと目が合ったから頭下げといた。森山くんお借りしてすみません、って」


 悪気のない笑みでそう言われると、何も言えない。事実、瑞希は何も悪くないのだから。いつもだったら断っているんだ。生徒会があるから、と。瑞希の誘いに乗ったのは、颯太の意志だ。数カ月前は生徒会に逃げて、今回はサッカーに逃げるのか。本当に情けない、自分が嫌になる。今日の行動は、自分の意志が弱いが為の選択だ。




story39.矢印




「今花岡さんと目が合いましたよ」


 涼介は自分の右隣を歩く二人に向かって告げた。その言葉に俊二と恵がほぼ同時に反応を見せる。やはり二人とて颯太のことが気になっているのだろう。自分だってそうだ。だからわざわざB組の教室を見上げたのだから。


「……教室か?」

「はい、B組の」

「そうか」

「頭を下げられました」

「花岡って今日森山を拉致った女だろ!? 何で頭を下げんだよ?」

「さあ。詫びのつもりでしょうか。単なる挨拶かもしれませんが」

「何かいけ好かねぇな……謝るなら最初から、放課後狙って誘うなっつー話だ!」

「そう言うな。生徒会も毎日集まりがあるわけではない。知らなかっただけかもしれないだろう」

「……てめーも案外お人好しだな」


 吐き捨てるように言った恵に対し、俊二は「お前も見習え」と返す。そこからまた、二人の不毛な言い合いが始まるのだ。涼介は小さく溜息を吐いて前を向く。すると丁度後ろを振り返ったところのしおりと目が合った。彼女が振り返ったのは俊二と恵の様子が気になったためだと想像できるが。しおりはこちらへ軽く手を振ると、二人の姿を捕える前に正面を向いてしまった。邪魔をしてしまったか。悪いことをしたわけではないのだが、心にしこりが残ってしまう涼介もまたお人好しなのかもしれない。
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