Fate
□亀裂
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「パートナーって、森山くんのことを指してるのかな……?だったら必要だよ……もし私一人だったら、とっくに心が折れてるもん」
由衣は瑞希から目を逸らして言った。彼女の目が真剣で、それでもって力強かった為、まともに顔を合わせると負けてしまいそうな気がしたからだ。負ける……何に負けると言うのだろう。これは勝負ではないのに、単なる雑談のはずなのに。
「それは以前までの話でしょー?私の目には、上原さんは結構しっかり者に映ってるよ」
「そんな……どこが……」
「こんなこと言われても、きちんとした言葉で返してくれるところ?女子メンバーって、もっと男子生徒会の言いなりなのかと思ってたんだけどー……違うみたいだね」
「み、みんなでちゃんと協力してる。言いなりなんかじゃないよ……」
「それが意外!最初はこんな制度、絶対成立しないと思ったもん。上原さんだって力があるってこと。自信持った方が良いよ」
「あ、ありがとう……?」
会話が一区切りし、瑞希は洗濯機のスタートボタンを押した。二人の声を除けば静寂だった空間に、新たな音が加わる。由衣は少しだけホッとした。どこから来るのか分からない気まずさが和らいだ気がした。
瑞希の言葉が本心だとしたら、それは本来喜ぶべきことだった。生徒会でも教師でもない、中立的な立場である生徒からの言葉。しかし、何故だか由衣はそれを素直に嬉しいとは思えなかった。それどころか彼女の意図が分からず、速くなる鼓動を抑えきれずにいた。
「上原さん、見てよ」
「えっ?」
「窓」
ランドリー内の少し背の高い位置にある、小さめの窓。瑞希に言われ、由衣はつま先立ちをしてその窓を覗き込んだ。
「あ、サッカー部のみんなが……」
「見えるでしょ?今作戦会議中みたい」
「うん……さっき倉持くんが言ってた」
「森山くんもいるでしょ」
「う、うん……」
「楽しそうだと思わない?」
「…………」
楽しそう、確かに楽しそうに見える。共通の趣味を持った仲間たちに囲まれて、すごく輝いて見える。あれこそが彼の、心の底からの笑顔なのだろうか。
生徒会にいる時の、由衣といる時の颯太はどうだっただろうか……
「何でそんな不安そうな顔してるの?」
「不安そう……?」
「うん、森山くんはあんなに楽しそうなのに。上原さんは顔が曇ってるように見えるよ」
「そ、そんなことないよ?」
「あるよ。そんな顔されたら、そりゃあ森山くんだって辞め辛いよね、生徒会」
ここで初めて、瑞希の言葉に棘を感じた。表情は変わらないけれど、確かに感じたその棘は、チクチクと由衣の心へと突き刺さっていく。
瑞希は、颯太がサッカー部ではなく生徒会を選んだことに納得がいっていないんだ。そしてその原因が、由衣にあると考えている……?
「私が頼りないから……だから森山くんは、サッカー部を選べなかったって……花岡さんはそう考えてるの……?」
「え、ちょっと、そんな泣きそうな顔しないでよ!虐めてるみたいじゃん!私は森山くんが、勘違いしてるんじゃないか、って思っただけ」
「……勘違い?」
「うん。上原さんはとっくに自立してるのに、森山くんはあなたが一人じゃやっていけないと思ってるんじゃないかなって。今のあなたなら、笑顔で彼を送り出すこともできるんじゃないのかなって」
「送り出す……」
颯太を、サッカー部に送り出す……?それが彼にとっての幸せ……?
「今まで良くしてもらってたならさ、尚更、彼の心の底からの笑顔の為に」
生徒会ではなく、サッカー部こそが、颯太の居場所。誰かの為でなく、彼自身の為の笑顔……
「私や部員じゃ駄目なの。上原さんの口から言ってあげないと、彼は前へ進めないの。森山くんだけじゃない、あなた自身もね」
瑞希の言葉が、頭の中でこだまのように鳴り響いていた。