Fate

□羨望
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笑顔は云わば癖のようなもので、幼い頃から自然と身につけていた平和に過ごすための術とも言える。怒ることは滅多にないし、高校生になった今は物事に対し取り乱すということも少なくなった。困ったときや悲しいとき笑顔で誤魔化すのは日本人特有の習性らしい。自分はその習性にどっぷりと嵌ってしまっている。

ただそれを苦痛に感じるだとか、治したいところだとか、そんな風に思ったことはなかった。笑顔でいることは楽だし、一番自分らしく居られる気がする。そのため彼女には「頑張らなきゃ出来ない笑顔はしなくていい」などと言っておきながら、いざ自分が同じことを言われると戸惑ってしまった。他人に言うのは良いけれど自分が言われる立場になるとどうしても違和感を覚えてしまうのだ。


「…颯太、俺眠いんだけど」

「今自由時間だから寝ても問題ないと思うよ」

「知ってる。ベンチ丸々使いたい」

「それは我が儘」

「ちっ」


後から来たくせに等とぶつぶつ言っているのが聞こえるが、いつものことだ。本当に眠ければどんな状況でも眠ってしまう性格だし、気にすることもないだろう。ちらっと隣を見れば不機嫌そうな和と一瞬目が合い逸らされた。


「譲ってくれても良いのに」

「そこまでお人好しじゃないよ」

「えー優しい颯太くんが言いそうなことじゃん」

「本当は俺よりカズの方が優しいでしょ」

「へぇ、それは初耳」


自分のことを言われているのにあくまで他人事として受け流す和。優等生モードのときは褒め言葉を喜んで受け取るくせに。しかもあれは演技には見えない。


「カズは優等生演じるときは完璧なのに、嫌な奴は演じ切れてないよね」

「後者は演じてるわけじゃないんだけど」

「特に日野さんの前だと」

「あの子は俺のこと勘違いしてる。半分諦め気味」


和は表情を変えないまま呟いた。いや、勘違いなどではない。むしろ勘違いしているのは自分自身を卑下している彼の方だ。

優等生を演じている時の彼は自信に満ち溢れていて、教員からも生徒からも慕われている、まさに理想的な生徒像と言える。人間少なからずとも表と裏が存在するものだと思っているし、最初彼の裏の顔を知った時驚きはしたものの、それを否定する気にはなれなかった。

昔から何事も笑顔で誤魔化し乗り切ってきた。どんな相手に対しても優しい言葉を投げかけ、自分の感情は後回しにしてきた。そんな颯太にとって、自分の世界を持っている和はとても強く思えたのだ。

でもいつからだろう。「世界を持っている」わけではなく「檻に閉じこもっている」のだと気付き始めたのは。周りを見ようとしないのも、素の自分を否定するのも、その檻のせいなのだと。自分に正直に、そして自由に生きているわけではなかった。むしろその逆だったのだ。


『なんか、柴崎が羨ましいよ』

『…何で』

『何でと言われたら、説明しづらいけど』

『俺のこと羨ましく思えるなんて、変わり者だな』


勘違いしてるんだよ、和は自嘲気味にそう言っていた。あれから四年、彼も自分も根本的な部分は何も変わらないままだ。






story32.羨望


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