Fate

□否定と肯定
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昼食を終え、今は各自ひと時の休息タイムを楽しんでいる。暫くすればまたレクリエーションについての会議が始まるのだろう。午前中あれだけ睡眠を取っていたしおりも、まだ酒が抜けきっていないのかソファーに座りうとうとと船を漕いでいる。彼女が黙るだけでこれだけ静かな時間を過ごせるのか。男性陣が少しの感動を覚える中、和はそっとその場を後にした。






Story30.否定と肯定






「ったく落ちやしねぇ…」


恵は自身のパーカーを見つめながら呟いた。先程昼食を取った際、シチューを少量服の上にこぼしてしまったのだ。すぐに手洗いしたものの、どうやらシミになってしまったらしい。恵は廊下から洗濯機へパーカーを投げ入れた。ナイスシュートだ。


「着替えっか…」

「邪魔」

「は?」


感情の見えない声に後ろを振り返ると、そこには腕を組んで立っている和の姿があった。どうやら自分が廊下に立っていたせいで、玄関への行く手を阻んでしまっていたようだ。それにしたってもっと別の言い方があるではないか。相変わらず嫌な奴だ。反論しようとしたところで先日のナツとの会話を思い出す。『性格のことをあまり言わないであげて欲しい』。目の前のこいつに言われたのなら鼻で笑うレベルだが、残念ながらそうではない。仲の良い彼女に頼まれてしまったのだ。約束は破れない。恵は言い返したい気持ちをぐっと飲み込み、黙って道を開けた。その様子に和は怪訝そうな顔をする。


「あれ、反論なし?」

「…黙れ。さっさと通れよ」

「吠えてこその有川さんじゃん。熱でもあんの」


何が吠えてこそのあたしだ。苛々ゲージは先程より上がったが、それと同時に何か違和感を覚えた。

自分は中学時代、小さなものから大きなものを含め数々の喧嘩を経験してきた。色々な人間を見てきた、そしてどの人間も共通して「相手への憎しみ」「苛つき」そのどちらか、もしくは両方を少なからず持ち合わせていた。しかし目の前のこいつはどうだろうか。そのどちらをも全く感じないのだ。何のために挑発的な発言をしたり、嫌な態度を取ったりするのかが全く分からないのだ。「不満」をぶっきら棒に伝えてしまう、そういう訳でもなさそうだ。どちらかと言うとそれが当てはまるのは会長の俊二だろう。こいつの目的が分からない。
しかし、一つだけありえるとすれば……


「…お前さ……」

「何」

「反論されたいのか…?」

「は、」

「否定されたいんじゃないのか、自分自身を」

「そんな趣味ないんだけど」


そう言うと和は逃げるように玄関へ向かい、靴を履きかえる。逃がしてたまるか。恵はその場から動かず、声のボリュームを少し上げた。


「良いか、あたしはお前が嫌いだし、正直どうだって良い。だけどな、ナツは違ぇんだよ!あいつに余計な心配かけさせてんじゃねーよ」

「何急に。日野さん関係ないよね」

「てめーになくてもナツにはあんだよ!」

「…知らねぇよ……」


和は少し言葉を崩し、扉を開けた。しかし恵は続ける。


「お前だって、素の自分を否定しないナツに戸惑ってんだろ!」


言い終わると同時に扉がパタンと閉まった。恵はここでハッと我に帰る。何を熱くなっているのだろうか。どうでも良いことではないか。自分には全くもって関係のないことだ。ただ、最近のナツは明らかに和のことを気にかけている。何事にも無関心だった彼女が変わったのは恐らく彼の影響だろう。ならば、ずっと感情を失っていた彼女が久しぶりに手にするそれが悲しみであってはいけないのだ。恵はその場に座り込んだ。


「…ナツ…何でよりによってあんな…」


呟かれた言葉は溜息と共に消えた。






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