Fate

□向き合いたい
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蛍鑑賞から一夜明け、今日も朝から良い天気だ。皆徐々に疲れが溜まってきているのか、まだ起きてくる者は居ない。いつもは男性陣に先を越されているけれど、今日の一番乗りは自分か。まだ起床時刻まで時間があるし、朝の散歩というのも良いかもしれない。ナツはコーヒーを淹れようとキッチンに向かっていた足を止め、玄関へと方向転換した。そしてゆっくりとリビングのドアを閉める。二階まで響くことはないと思うが、一応だ。



「…あれ」


靴が一足足りない。誰のどのような靴が足りないのかと聞かれれば、答えられる自信はないが。でも確かにここには八人分の靴が並んでいなければおかしい訳で。ナツは少し早足でコテージの外へと飛び出した。
それは、淡い期待。






story28.向き合いたい






「気持ち良い…」


ナツはコテージの傍にある木陰道を歩いていた。コテージ周辺に人の気配はなく、何となく引き寄せられるように此方へやってきたのだ。女性陣の靴は揃っていたし、となるとこんな朝早くからどこかへ消えてしまうような人物は一人しか居ないと思ったのだが。見当たらないのだから仕方がない。当初の目的である朝の散歩を楽しむことにした。葉と葉の隙間から差し込む太陽の光を眺めながら歩いていると、足の先に何かが当たった感覚がした。


「きゃ、」


気付いた時には遅く、ナツはせめてもの抵抗で何となく受け身を取った。上を向いて歩いていた自分を恨みながら。そのまま転倒したものの、下が芝生になっている為か思ったほどの衝撃はなかった。ナツは溜息をつきながら自分が躓いた原因である「人物」の方を振り返った。


「柴崎くん…こんな所で」


そこには足りなかった八足目の靴を履いている和が横になっていた。いつもなら文句の一つでも飛んできそうなものだが、特に反応が無いので熟睡しているようだ。蹴躓いた衝撃で目覚めなかったのだろうか。繊細な癖して。


「何でこんな所で寝てるの」

「…………」

「森山くんが心配するよ」

「…煩いな」

「…起きてたの」

「君のせいでね」


そう言うと閉じていた瞼がゆっくりと開かれた。間近で目が合い、心拍数が少し上がったのが分かる。


「つーか邪魔」


和はナツの足を指差しながら言った。そうか、先程躓いてからずっとそのままの体勢だった。不機嫌そうな彼の視線が痛い。急いで体を起こそうとしたその時、強く腕を掴まれた。


「し…柴崎くん?」

「行かないで」

「…!」

「なーんて」


そう言うと簡単に腕を離された。和は寝転んだまま上方向を指差している。何だか嫌な予感がして、体勢はそのままに顔だけを彼が指差す方へと動かした。


「…蜘蛛の巣」

「さすがに女の子が蜘蛛の巣まみれは滑稽過ぎるし」


感謝してよ、そう言ってくすくすと笑う彼。朝露に濡れた蜘蛛の巣が、太陽の光を浴びキラキラと輝いている。確かにあのまま立ち上がっていたら危なかった。だったら普通に言葉で忠告してくれたら良いのに。本当に意地悪だ。ナツは赤い顔を隠すようにして、自分も和の隣へと寝転がった。






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