Fate

□消えた真実
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「有川、中にいるのか?」


少し広めの資料室だ。入口から顔を覗かせただけでは奥の様子は分からない。反応がないですね、という涼介の言葉に押されるように、俊二は中へと足を踏み入れる。少し歩いたところで目的の棚の前、恵が座り込んで資料に目を通しているのが見えた。


「何をしている」

「! …んだよ、一ノ瀬か」


 恵は一瞬驚いたような表情を見せたものの、またすぐにファイルへと目を落としてしまう。俊二は恵と目線の高さが同じになるようしゃがみ込み、彼女が開いていたファイルをパタン、と閉めた。表紙には「体育祭事前準備」と書かれている。


「見てんのに、何すんだよ!」

「他のファイルには、手を触れたか?」

「は、ここは生徒会が管理してる部屋なんだろ。あたしが触っても問題ないだろ別に」

「質問に答えろ」

「…まだこれしか見れてないっての。残念だったな、情報を男どもだけで独占できなくてよ」

「何を拗ねている」

「有川さん。今日、その資料を会議で使う予定なんです。生徒会室に持っていってもらえますか」


 涼介が言うと、恵は最初からそのつもりでここへ来たと返し立ち上がる。ゲームをしていた小学生が、親に宿題をするよう催促されて「今やろうと思っていたのに」と返すような、そんな小さな反発心を感じた。しかし、この態度からして、資料室の存在を隠されていたことに対する不満は伝わってくるものの、体育祭以外の資料に手を出してはいないことに嘘はないようだ。そのことに関しては、少し安堵する。


「この場所を秘密にしてたのは、あたしらより優位に立つためか?」

「資料があろうとなかろうと、お前たちに劣ることはない」

「いちいちムカつく奴だな! 隠すような場所じゃないだろ! ……まだあたしらのことが信用できないのかよ」

「……共有する必要がないと思っていた、最初は。お前たちが真剣に生徒会活動に取り組むことはないだろうと。いずれ辞める人間に情報を教えてやることはないからな」


 そう、当初は生徒会選挙の票数に関する記述を隠すために資料室の存在を教えなかったわけではない。今述べたことが本心であり、結果的に恵たちが真実を知る機会がなくなっていただけだったのだ。


「当てが外れたか」

「……っち、」

「今後男女問わず資料室は解放してもいい。ただ汚したり、普段から腑抜けた態度を取るようなら再度鍵は没収だ」

「あーもううっさいな! 隠してたことを正当化してあたしに命令すんな」

「有川さん。葉月さんが、生徒会室で一人待っていますので。早く行ってあげてください。僕らは少し探し物がありますので」

「……わぁったよ」


 そう呟くと恵は俊二の横をすり抜け、資料室の外へと出た。俊二も少し遅れて廊下へ出る。念には念を、恵が階段を上がりきるのを見届けようと思っていた。

 階段の手すりに手をかけ、くるりとこちらを振り返る。まだ何か文句があるのだろうか。さっさと行け、そう声をかけようとしたところで遮られた。


「一ノ瀬! あたしはお前が嫌いだ」

「改めて言うことか」

「……ただ、向き合いたいと思ってる…」

「…………」

「しおりが倉庫に閉じ込められた時、お前は必死になってあいつを探した。それが他の、例えばあたしだったらどうなってたんだってのはずっと思ってた。今日、あたしのことを探しに来たから鍵のことはチャラにしてやる」

「……試したのか?」

「そんな器用なマネできねーよ」

「なぜそこまでして葉月と張り合う」


 恵は一瞬肩を揺らすと、誰が、と漏らしてそのまま階段を駆け上がって行ってしまった。誰が、の後に続く言葉は、予想するなら「誰が、あいつなんかと」だろうか。分からないが。

 先ほど涼介に言われた言葉が頭の中に蘇る。

“こんな時でも二人の名前を出すんですね”

“葉月さんと有川さん、常に二人のことを考えている”

“二人のことを考えているのに、二人の気持ちを考えられない”


「俺は…また間違えるのか」


 一言溢したあと、俊二は資料室へと踵を返した。



「涼介」

「ええ。例のファイルがありません。抜け落ちたようにぽっかりと隙間が」


 中へ入り、涼介の名前を呼んですぐそのような返事が返ってきた。やはり気になっていたことは同じだった。


「有川の言動からして、あいつは持ち出していないはずだ」

「……坂本先生、今日この資料室…一人で利用したのでしょうか」

「同行者がいたということか」

「先生が見たいとおっしゃっていたのは別の資料で、別の棚です。持ち出し記録もそのノートに残っています」

「ファイル5冊、か。手伝うという名目で別の者が一緒にいた可能性はあるか。生徒だった場合、面倒なことになる」

「記録を残していない以上、確信犯の可能性がありますね。有川さんの目に触れるどころの話ではなくなりますよ。生徒会だけでなく、実行委員会や学園長の信頼も地に落ちるかと」


 教師とはいえ、俊二らの同行なしに鍵を渡したことは間違いだったか。資料を持ち出す際はノートに記録すること、そして生徒を中に入れないという条件の下貸し出していたわけではあるが。坂本先生は生徒を信頼している。理由をつけて頼まれたらきっと断らないだろう。

 本人に確認してみるしかない。


「おお一ノ瀬! 昼休みは鍵ありがとうなー」

「その鍵ですが、有川以外の人間に手渡しましたか」

「な、なんかいつも以上に迫力があるな! 貫禄が出てきたんじゃないか」


 職員会議の終わったであろうタイミングで坂本先生のデスクへと向かう。いつもと変わらず能天気な教師へ向けて、資料室へはお一人で行かれましたか、と言い方を変えて聞いてみる。


「ああ、他の生徒は入れないルールと聞いたからな。そのおかげで先生、重い資料を5冊も一人で運ぶ羽目になったぞ! 俺じゃなければ腕をやられていたところだ!」

「…その間、誰も資料室には来ませんでしたか」

「多分な!」

「多分?」

「ほら、あの資料室広いだろ? こそこそと入ってこられたら気付かないだろうな! ただ、そんなスパイみたいなマネする必要がある奴もいないだろう」


 涼介と顔を見合わせる。誰かが生徒会新制度における真実を知ったかもしれない。その現実が、俊二の肩に重くのしかかっていた。


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