Fate

□曖昧模糊
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 あの日の放課後以来、恵は俊二と微妙に距離をとっていた。元々仲が良いとか、生徒会の集まり以外でも一緒にいるとか、そんなことはなかった為周りから見ると何も変わっていないだろうと思う。それほどまでに微妙な変化であった。


 しかし全く関わりを持たずに過ごすことは、生徒会に所属している以上無理な話ではあった。そんな時は、なるべく簡潔に、事務的なやり取りを交わしている。必然的に喧嘩をする回数も減った気がする。この方が良いのかもしれない。


 この行動に深い意味はなかった。しかし、俊二とプライベートな話をすればするほど、彼の領域に入り込むほど、恵が当初抱いていた彼のイメージが変わっていく。勉強に悩んでいた過去、生徒会長への憧れ、生徒の為を考えての行動、そして妹のこと。もっと知りたいと思う気持ちがないわけではない。しかしその反面、深入りしてしまうことに抵抗を感じる自分も居た。


 二人で門衛所にプリントを提出しに行った日。恵は俊二に予防線を引かれているように感じた。彼も彼で、自分の領域にこれ以上足を踏み入れて欲しくないと思っているのかもしれない。それならば、パートナーとして。その気持ちに応えてやるべきだ。知りたいと思う理由とか、しおりに対する謎の焦燥感と劣等感とか。全ての答えを封印し、恵は今、楽な道へと逃げようとしているのだ。



Story44.曖昧模糊



「恵ってば。何か足取り重いっすよ?」

「別に、んなことねーよ」

「ぶー! やっと授業が終わったというのに。今から楽しい楽しい生徒会ですよ」

「勝手に楽しんでろ。ただ騒いだら殴る」

「そんな!」


 しおりは相変わらずうるさい。今だって、理不尽な! などと言って騒ぎ立てている。殴ると忠告したばかりなのに。


 そんな彼女も最近では、元気になったり急に静かになったり。今まで以上に奇想天外だ。行動パターンは見えてきているが。一つ言えることがあるとすれば、俊二と居る時のしおりは無条件に元気だということだ。


「恵ってばー! 聞いてますかー?」

「うっせぇな。宣言した以上マジで殴るからな!」

「暴力反対!」

「そうだ。先生も暴力は反対だぞ!」

「は?」


 突如聞こえてきた声に、顔を上げる。そこには腕を組み、うんうんと一人頷いている体育教師、坂本の姿があった。恵は教師に対し尊敬の念などは抱かない主義なので言ってしまうが、うるさいのが増えた。単純にそう思って溜息を吐く。


「何だ有川! 溜息を吐くと幸せが逃げるんだぞ! 失ってから後悔しても遅いんだからな!」

「ほほぉ、さすが坂本ちゃん! 良いこと言うね!」

「当然だ。俺だからな!」

「あーうっせうっせ! 何だはこっちの台詞だっての。用があるならさっさと言え」

「今日はその反抗的な態度を許してやろう! 何故なら頼みがあるからな」


 そう言うと坂本はジャージのポケットから何やら鍵を取り出し、断りもなく恵の手の平へと乗せてきた。札が付いているから学校の物なのだとは思うが。眉を寄せ坂本の顔を見る。


「資料室の鍵だ。調べ物があってな、一ノ瀬に借りていたんだよ」

「……返しとけってか? 自分で行けよ」

「そうしたいのは山々だが、先生これから職員会議なんだ! というわけで頼んだ!」

「校内の鍵なら職員室で管理しとくもんなんじゃないんすかー?」

「生徒会役員なのに知らないのか? 葉月。資料室の鍵は毎年生徒会が管理しておくものなんだぞ!」

「あー。そう言えば生徒会の引継ぎファイルとか、資料室に運んだっすね! あそこも我が陣地だったとは!」


 知らなかったのはしおりだけではない。恵にだって一応会長としてのプライドがある為、声には出さないでおくが。キーリングに人差し指を通し、くるくると鍵を回してその場を凌いだ。


 一通り話し終えた坂本は本当に急いでいるようで、腕時計で時間を確認すると、頼んだ! と言って職員室へと向かい駆けて行った。教師の癖に廊下を走るな。そう言いたかったが戻って来られても面倒なのでやめておいた。


「ったくめんどくせぇな……会議終わってからでも良いだろ。何なら明日でも良いだろ」

「今日体育祭に関する配布プリント作るって言ってたし、早めに返して欲しかったんじゃないかな!」

「てめーは一ノ瀬の発言はよく覚えてんな」

「会長さまの発言だとは言ってないのに。恵だって覚えてんじゃないっすかー!」

「……黙れ」

「痛い!」


 坂本に邪魔された際の一発をかまし、とりあえず廊下を歩く。しおりも後頭部をさすりながら着いてくる。


 さて、どうしようか。このまま普通に鍵のみを渡しても良いのだが。資料作りの話を聞いている以上、資料室から去年の体育祭のファイルを持って行くのも良い。それくらいは恵とて気を利かせられる。むしろこのことで役に立たないと思われるのも癪なので、その方が良い。


 それに四月に一度ファイルを運んだきり、資料室には足を運んでいない。鍵を男性陣が管理していたことを知らなかった為、当然とも言えるが。新しい資料も増えていることだろう。会長として目を通しておきたい気持ちがあった。やはりあの男に引けを取りたくないという気持ちだけは、今も変わらぬままだ。
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