Fate
□違和感
1ページ/3ページ
自身の解答を写し終えたナツは、ワークブックを手に職員室を目指していた。生徒会室付近の廊下へと差し掛かった時、先ほどA組の教室で見かけたばかりの人物に遭遇する。声を掛けるつもりもなかったが、無情にもしっかりと目が合ってしまった。彼女は含み笑いを浮かべながらナツの方へと近づいてくる。
「あれ、会計の日野さんだ。さっき振り」
「……花岡さん」
「上原さん、再提出間に合いそう? って、あれ? あなたもワークブック持ってるの」
「……これ、由衣の」
ナツが言うと瑞希の表情が一変した。教室で見た笑顔の彼女とは打って変わり、険しい目でナツの方を凝視している。その後すぐに我に返ったのか、冷静な表情へと早変わりする。数秒のことだが、その変化はナツの目にしっかりと焼き付いてしまった。
「何で日野さんがそれ持ってんの?」
「由衣は用事があるから」
「……もしかして……森山くんとの約束?」
「うん」
「じゃあその宿題はあんたがやったの? 上原さんは森山くんの所に行っちゃったってこと?」
「……私がそうするよう言った」
その言葉に瑞希は深く眉を寄せ、ナツからワークブックをひったくった。そして目も通さずに、取り上げたそれを投げ捨てる。一連の行動に流石のナツもその場から動けずにいると、瑞希はそんな彼女の肩を押し、後ろの壁へと押し付けた。
「それってルール違反だよね? 生徒会の人がそんなことして良いんだ? 先生もきっと受け取ってくれないよ」
「……離して」
「あたしは諦めたりしないから。あんたのその行動も、無意味。でもこれ以上邪魔するつもりなら……」
瑞希は先ほどよりも強く、ナツの体を硬い壁へと押し付けた。背中が痛い。体はピクリとも動いてくれない。そして何より、豹変した瑞希から目が逸らせないでいた。
「容赦は……」
「ストップ」
「えっ……?」
「駄目だよ、お転婆さん」
何ともその場に相応しくない、マイペースな声が瑞希の動きを制止させた。二人の目の前に現れた彼は、彼女の腕を掴み、そっとそれをナツの体から引き離す。背中から硬い感触がなくなり、体が自由に動かせるようになる。瑞希はと言えば、唖然とした表情で彼の方を凝視していた。
「柴崎くん……何でここに?」
「何でって、そこ生徒会室」
「あ……」
「それよりも、サッカー部の連中が君のこと探してたけど。行かなくて良いの」
「……分かってる。行けば良いんでしょ」
「行きたくないなら行かなくても良いけど」
興味がなさそうにに言う和を見て、ナツから遠ざけるための口実でないことを察したのか、瑞希は急いで階段を降りて行った。すれ違う際ナツにわざとらしく肩をぶつけることも忘れずに。どうやら完全に、瑞希の怒りを買ってしまったらしい。彼女の姿が見えなくなったところで和の方へと向き直った。
「……ありがとう」
「ありがとうじゃない。ああいうのは他所でやれよ」
「だって、いきなりで」
「可哀想なワークブック」
まだ話の途中だと言うのに、彼の興味は別の場所へと向いてしまった。瑞希によって投げ捨てられたワークブックを拾い上げ、じっと表紙を見つめている。
「……あ」
「……どうかしたの」
「死んでる……」
「もう、またふざけて」
続けて「それ由衣のだから」と告げると「見れば分かる」と返された。そして特に興味もないくせに、ペラペラとページを捲っていく。
「このページだけ字が違う」
「……分かる? そこだけ私が書いたの」
「ふーん……」
「宿題だったんだけど、由衣そこ飛ばしてたらしくて。今日中にやり直して持って行けば、評価は下げないって……花岡さんが渡辺先生に聞いたらしい。由衣は約束があったから、私が代わりに」
「また花岡さんか」
和はページを捲ったまま、ゆっくりと歩き始めた。この方向であれば職員室だろうか。ナツもその隣へと並び、静かな廊下を二人で歩く。
「日野さん、これちゃんと下敷き使った?」
「私? 使ったけど……どうして」
「次のページにくっきり筆圧の跡が残ってる。日野さんが解いたページの解答欄と、場所も一致してるみたいだけど」
「それって……」
「飛ばしたページの筆圧跡が残ってるなんて、世の中は不思議でいっぱいだね」
ふざけた口調でそう言うと、和は肩をすくめてみせた。何てことだろう。空欄を埋める前に、きちんと確認しておけば良かった。由衣はきっと宿題をやる際、下敷きを使わなかったのだろう。瑞希とて文字だけは消せても、筆圧の跡までは消せなかったのだ。全ては、由衣を颯太から遠ざけるため……?
「急いでたから、気付かなかった……」
「はい、返す」
「……一応渡辺先生に確認してみる。一緒に来て」
「やだ、面倒。大体俺は購買に向かう途中だったんだ」
「来てくれるまで離しません」
「やめろよ、皺になる」
聞こえない振りをして、ぎゅっとブレザーの裾を握り締める。少し経っても反応がないので和の方を見上げると、「調子乗んな」と手の甲を軽く叩かれた。