交易品

□いちまんHITフリー
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こんなの単なる拷問だ!


僕だけにしろっ!
〜乗車率280%の〜


剣の腕でミクトランに認められているからか、少し前からスタンと一緒という条件ならば外出規制がかからなくなった。
これまでは事実上用事のない外出は禁止であったから、驚くほどの譲歩であると言える。
だが、いつ気が変わるとも限らんからな。
そうなる前に知っておきたい事があったから、僕は暇そうにしていたスタンに声をかけた。

「おいスタン、満員電車を体験してみたいんだが」

「は…?」

正気を疑うような眼差しを向けられたがおかしな事を言っただろうか。



満員電車に興味を持ったのは、そもそもはスタンのせいである。
以前スタンと商店街に行った時、そこの人混みに驚いた僕に、アイツは

『満員電車なんか絶対乗れないな…』

と呟いたんだ。
どれ程の物なのか気になるじゃないか。
電車なんか家出した時以来乗っていないし、時間帯が違ったのか混んでなかったからな。
想像はついても実際どんな物かは体験しないとわからんし、無理だなどと頭から言われては腹も立つ。
どんなに過酷でも弱音なんか吐いてやるものか。
と内心決めて、僕は明らかに渋々歩くスタンの後について外に出た。

「…ほらエミリオ、挨拶」

あ。

「い、いってきます!」

…こういった部分をしつけられるから、スタンとなら外出が許されたのかもしれないな。



夕方頃に駅につくと、とんでもない量の人間がひしめいていた。
立食パーティなんかメじゃない、まさに壁と言える人数に、それだけで軽くめまいがしたのだけど、弱音は言うまいと奥に進んで。
けれど電車の中はその比じゃなかった。
身動きがとれない。
形容でも何でもなく、動くことが出来なくなった。
これは動きを邪魔されるなんて生易しい物ではない。
ガッチリ詰まった肉の壁に拘束された僕は、電車が揺れる度に体を激しく圧迫された。
ハッキリ言って痛い。
動けないだけでも相当に苦痛なのだが、痛みまであるなんてたまった物ではない。
更に今年はまだ残暑が厳しいから暑い上に熱く、更に列車内は汗臭い。
そして酒臭い。
…どこを取っても不快だ。
というか拷問だ。
強がるんじゃなかったと後悔したがもう手遅れだな。
そんな車内で僕を守りながらしれっと出来るスタンは、この環境に慣れているらしい。
多分毎朝こんな電車に詰められて大学に行っているのだろう。
…そうまでの価値が大学にあるんだろうか、なんて不登校の僕は思ったのだけど。
今はとにかくこの環境に耐えるだけで精一杯で、それ以上を考える事は出来なかった。
と。

「…っ!?」

ドアが開いたからかどうか知らないが、急に人が流れだした。
体の細さには定評のある僕がこれにあらがえる筈もなく、そのまま流されそうになったのだけど。

「…っスタ…!」

「よっと」

名前を呼ぶ前に、流されてしまう前に僕を自分の胸に引き寄せたスタンは、僕の顔を見て困ったように笑う。

「顔色悪いな、無理にでも反対すれば良かった」

…どうやら僕は、見るからに具合いが悪いらしい。
僕の我儘なんだからお前が気にするな、と思うもそれを口に出す気力もなく、

「…次で降りるか」

そう言うスタンの胸の中、僕はただ頷くことしか出来なかった。



家に帰りついた頃、そういえば電車の中でのアレは僕がスタンに抱き締められたんじゃないかと気付いて悶絶するのは別の話。
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