交易品

□6000Hitフリー達
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久しぶりに、味噌汁の匂いで目を覚ました。
冬樹君を抱き締めていたというのに痺れもしていない手で瞼を擦りつつ、俺はもぞりと顔を上げる。
まだ回っていない頭は、それでも何か猛烈な違和感を訴えるけれど、それが何かまでは思い至らないから困ったもんだ。
おかしいなぁ、と首をひねりながら、指で顎をなぞる。
じょり、という手応え。
あぁ、3年前は本当に髭なんか気にしないでよかったのになぁ。
毎朝剃るのは正直面倒くさいけど、
それでも剃らなきゃみっともない。
永久脱毛でも本気で考えるか、なんてしょうもない事を考えながら身を起こした俺は、誰もいないベッドから降り……いや、待った。
やっぱりおかしい。
だって俺は冬樹君を抱きしめて眠った訳で…

「!」

改めてベッドを見る。
誰もいない。
つまりそれは、冬樹君の姿が無いって事だ。
さらわれた?
まさか!
うちはクルルのおかげでその手の連中からは感知されないようになってる上に俺が気づかないなんて事があってたまるか!
じゃあ、もしも違うとすれば、理由は?
…考えるまでもない。
第一そうでなければ、この味噌汁の匂いの理由が説明つかないじゃないか。
だってうちの場所を知っているのは、冬樹君以外ではクルルとドロロ、後小雪ちゃんが可能性があるって位なんだから。
俺が懐かしさを感じる味噌汁を作れるのは、この中では冬樹君しか居ない。

夢かも知れない、なんて考える余裕はなかった。
俺の頭の中には、今、そこに、冬樹君が居るんだって決め付けでいっぱいになっていて、それを確認する以外に頭が働かなかったからだ。
慌ててベッドから降りた俺は、何故か丁度足下にあった冬樹君の着ていた寝間着を踏んでスッ転ぶ。
ゴッ!なんて鈍い音がした。
うわ、痛ぇ…!
のたうち回る位に痛ぇ、けど…
ベッドの上には冬樹君が居ないまま、俺は寝間着でスッ転んだまま、世界が変革する事は無い。
…確認する気もなかったけど、判明してしまった。
これは、夢じゃない!
それならば、と俺は猛然と立ち上がり、だけどそこから動き出す前に、

「大丈夫ですか!?今なんかすごい音が…」

聞きたいと3年間望み続けた声と共にドアが開いて、そこから覗いたその姿は、3年前と何も変わらない冬樹君の姿。
起きて、目を開いて、俺を見てくれる冬樹君の姿だ。
あぁ、まずいな。
あれだけ見たいと思っていたのに、いざ叶うと何をしていいやらわからないぞ。
現状を理解してるかいとか、体は平気かいとか、どうして目覚めたのとか、聞きたい事は沢山有るのにどれも言葉にならなくて。
だけど、そんな事はどうでも良くなった。

「もう!相変わらず寝起きは良くないんですから!」

そういう冬樹君が、俺に笑いかけてくれたから。
それだけで、あれだけ冷たいと感じていた家具も、うちも、暖かさを取り戻した気がする。
まるで、眠りの呪いといっしょに魔女の茨が崩れ落ちたみたいだなんて、柄にも無い事を思ったけれど、あながち間違ってはいないのかも知れない。
ただし、茨を崩れ落としたのは冬樹君だけど。
あぁ、やっぱり俺は何年経っても冬樹君に依存しているのだなぁ、なんて思いながらも悪い気はしないな。
だって、今日からまた暖かい我家だ。
冬樹君と一緒に歩ける、暖かい毎日だ。

「…おはよう、冬樹君」

「おはようございます、睦実さん」

その事実さえあるんなら、俺はそれだけで幸せだ。
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