交易品

□6000Hitフリー達
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共に逝くのが叶わぬならば。


ケロロ軍曹
〜只此処在眠姫〜


ただいま。

ラジオの仕事を終え、灯りもつかない我家に帰って来た俺は、心の中でだけそう呟いて灯りをつける。
そこには代わり映えしない部屋があるだけなのに、かつては感じられた暖かみは微塵も感じられない。
代わり映えしてない筈なのにおかしいな。
どうして暖かみがなくなってるんだろう。

……なんてね。

疑問に思うまでもない。
理由はわかってる。
居間の奥の寝室で眠る冬樹君…
彼が、ずっと眠ったままだからだ。



…もう、3年も前の事だっただろうか。
冬樹君の実家である日向家に住み着いている侵略宇宙人、ケロロとその部隊員は、敵性宇宙人と交戦状態になった。
それがどういう切欠だったのか、その敵性宇宙人が何を考えて戦いを挑んできたのかは、少なくとも俺にはわからない。
日向家も基地もボロボロになって、ケロロ達も苦戦して、うちを壊されちゃあ堪らないからって、夏美ちゃんは勿論小雪ちゃんやアリサちゃん、そして俺もケロロ達に加勢して。
そんな戦いの最中、

『軍曹!危ないっ!』

ケロロをかばって罠にかかった冬樹君は…
眠ったまま、目を覚まさなくなった。
脳波にも肉体にも異常はない。
ただ、眠ったままなだけ。
何も食べなくても死なず、だけど成長もせず、眠ったままなだけだ。
原理なんかわからない。
クルルが説明してくれた気もするけど、正直に言えばどうでも良かったから覚えていない。
重要なのは、冬樹君が目を覚まさないっていう事実。
そして…クルルにも、手の施しようがないって事…だ。

夏美ちゃんは怒った。
ケロロ達が来たからこんな事になったんだって掴みかかった。
殴られても、ケロロは抵抗しなかった。
だってそれは、紛れもない事実だから。
夏美ちゃんだけじゃない。
桃華ちゃんだってアリサちゃんだって、猛然と怒り狂った。
だけど、秋さんは言った。

『ケロちゃん達が居なかったら、私達の出会いも、今の私達もなかったでしょう?』

ケロロが居なければ、日向家は首が回らなかった。
タママが居なければ、桃華ちゃんは冬樹君と話せなかった。
ギロロが居なければ、何度か日向家は制圧されていた。
ドロロが居なければ、小雪ちゃんは今ほど夏美ちゃんと親密にはなれなかった。
ケロロ達が居なければ、アリサちゃんは冬樹君と出会えなかった。

クルルが居なければ、俺は冬樹君と出会えなかった。

全て"かもしれない"だけど、だからこそケロロ達が居なくてもいずれこうなったかも知れない。
そればかりは何も言えない、わからない所だ。
それで文句を言うのは、考えればお門違いなんだ。
気持ちの整理は、つきづらいだろうけれど。



戦いはケロロ達の勝ちで終わったけれど、冬樹君は目を覚まさなくて、起きない冬樹君を見ているとギスギスしそうだという夏美ちゃんを舌先で丸め込んで、俺が冬樹君を預かって。
それから、もう3年。
冬樹君のおかげで暖かさを持った俺んちは、今では昔みたいに冷たくて、でも恋人だった俺だけは、昔と違って弱さを隠したままではいられない。
眠る冬樹君の隣で、一緒に逝けたらと何度思っただろう。
それでも逝くのは俺だけだという事実に、何度絶望しただろう。
でも、それなら。
同じ叶わぬ事ならば、俺は希望を見ることにした。

…ねぇ、冬樹君。
あれから随分経ったんだ。
君は何も変わらないけど、俺は毎朝髭を剃らなきゃいけなくなった。
高校を卒業もした。
仕事だって副職じゃなくて本職になった。
でも、俺はまだ君を諦めない。
君に言われて来た言いつけも、暖かさも忘れられないんだ。
ねぇ、冬樹君。
俺は〆切を守ってる。
朝御飯もかかさなくなった。
君に言われてきたことを、ちゃんと守ってるんだ。
だから、贅沢は言わない。
笑ってほしいなんて贅沢言わないから。

「目を開けてよ…冬樹君」

言いながら落としたキス。
俺は王子様じゃあないから、キスじゃあ眠り姫の目をきっと覚ませない。
今だって、身じろぎひとつしないから。

「…おやすみ、冬樹君」

寝る時に抱き締めても抵抗されない事が、せめてもの支えだった。




*格好悪くても幸せがいいなら続く*
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