つばさをもつものたち
□メガネ
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悪い家庭教師に引っ掛かった受験生って感じだな。
つばさをもつものたち
〜メガネ〜
それは、石鹸が切れそうだったので路地の雑貨屋に行った時の事。
会計を済ませ、さて帰るかなと出口に向かう途中で、棚の一角に何故かメガネが並んでいるのに気付いた。
…雑貨屋に何でメガネ?
と首を傾げながらも手近な物を手にとって。
かけずに覗き込んでみると、視界は全く歪まない。
度は入っていないようだ。
…それ、メガネの意味なくないか?
仮に見本だから度が入っていないにしても、こんな雑貨屋で老眼鏡でもないメガネを扱うのはおかしいだろう。
等と首を捻っていると、見かねたらしい店員さんが声をかけて来た。
「それはファッションの1つとしてかける、いわゆるお洒落メガネですよ」
…成程。
俺はファッション的な物に興味はないんだが、確かにかけると印象が変わるだろう。
うちの無駄に若々しいじーちゃんが、メガネをかけると老けて見えるのと似たような話だな、ベクトルは正反対だけど。
…俺は似合わないだろうが、アトラスには似合うかも知れない。
どう印象が変わるだろうか。
なんて事をぼんやり考えていたからだろうね。
「買って行かれます?」
なんて尋ねる店員に勧められるまま、俺はついメガネを買ってしまったのだ。
しかも黒と茶の2つも。
…無駄な買い物をしたな…
しかしまぁ、買ってしまったのは仕方がない。
家に帰った俺は、とりあえずアトラスにメガネを見せてみた。
「何それ、くれるの?」
何それというのは物が何かを尋ねているのではなく、この場合『どうしてそんな物を?』と尋ねているのだと補足しておこう。
何にしても目を輝かせる程にはメガネに興味を持ったアトラスは、片方やるよと俺に言われ、少し悩んだ後やっぱり茶色を選んだ。
こいつ茶色好きだからな。
「ね、ね、かけてみてもいい?」
…買っておいて何だが、こいつは一体何がそんなに楽しいんだろうね。
おしゃれメガネだぁ、とか呟きながらもワクワクソワソワして聞くアトラスに、
「それはもうお前のだろ、好きにすればいいじゃないか」
と言ってやれば、アトラスはえへへと笑って、じゃあかけるねなんていちいち断ってからメガネをかけた…筈だ。
何を思ったかアトラスはかける直前に後ろを向いてしまったから、本当にかけたと断定はできないが。
しかし、曲がりなりにも買うときにアトラスの変貌を想像した身の上。
かけたとなれば、顔を見せてもらいたくなるのは自然だろう。
「どうせかけたなら顔見せろよ」
と、あくまでがっつかない声色で促してみれば、アトラスは嫌だと言って顔を手で覆ってしまった。
何でだよ。
「僕だけかけるなんてズルいよ、ジェネもかけたら見せてあげる」
…。
それは遠慮したいかな、うん。
小さい頃じーちゃんのメガネをかけたら家族皆から爆笑されたなんてトラウマがあるんで正直勘弁してほしい。
でもアトラスのメガネ姿を見なかったら何のために買ってきたやらって感じだしなぁ。
一応メガネを手にしながらもしばらく悩んで唸っていたが、考えてみれば一時の好奇心と一時の恥どちらを取るかという話だ。
ならリターンのある方を選んだ方がいくらか心地よろしい気がする。
かけずにかけたと言って騙して見るって手もあるが、それこそ不機嫌が後々まで尾を引くし…。
やれやれ、仕方あるまい。
「…おかしくても笑うなよ」
一応釘を刺してから、俺はおとなしく黒縁のメガネをかけた。
「かけたぞ」
言うと、アトラスはそれを疑いもせずに振り向いて。
……笑いなんか起きなかった。
お互い、見つめあったまま固まっちまったからな。
アトラスが俺をどう思って固まったかは知らん。
ちなみに同じくして固まった俺はと言うと…ホラ、よくあるだろう。
予期せぬ場所でバッタリ予期せぬ人に出会った時のあの妙な沈黙。
この場合は予期せぬ変化を遂げていたと言う方が正しいんだが…
どんな変化かっつーと、非常に胡散臭くなった。
純粋な笑顔なのは分かってるんだが、裏があるように見えて仕方がない程度には胡散臭い。
しかも何だか大人びた感もあって…かっこいいな、おい。
対して俺はどうかと言えば…
「…可愛いー!」
なんて言って抱きついて来やがったアトラスが全てを物語…ってない!
それは一体どういう意味だ!?
2人して鏡を見て納得した。
メガネをかけた俺は幼い印象になっていたのだ。
…アトラスは可愛いって言ったけど、これはどう見ても受験生だろう…
対してアトラスも、悪い大人みたいで嫌だと言う。
かっこいいと思うんだがね。
しかし二人並ぶと悪い家庭教師に騙された受験生みたいで…今のパワーバランスが引っくり返る気がする。
双方の同意もあり、メガネはその日で封印された。