無双の間
□テンパリング
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というわけで一ヶ月後、ホワイトデー当日。
俺はパステルなピンクのフリルエプロン(名入り)を着用してせっせと卵白を泡立てたり、チョコを刻んだりしていた。
作るのはガトーショコラと、凌統が「これが食ってみたいんだよねー」と狡賢い童話の狐のような笑顔で差し出したレシピ本に載っていたケーキである。優美だが、非常に手の込んだやつだ。
正直二つも作るのは面倒なので、どっちか一つにしろよと言ったらガトーショコラは母親への土産にするから、と返されて何となく断れなくなる。
コイツがこういうことをケロッとした顔で言えるようになったのは、最近のことだ。
その凌統はエプロン姿の俺を見て最初、呼吸困難を起こしそうなほど笑い転げていた。
流石にムカつき「いっそ脱いで裸エプロンで料理してやろうか?」と脅したら「食欲が失せるから止めて」とようやく笑いを引っ込めた。
溶けたチョコの海の中にアーモンドエッセンスを加える。オーブンの温度を確かめる。艶々としたメレンゲを作る。
時折レシピ本を見返し、昔々のバイト先で教わったコツを思い出しながら調理を進める俺を、凌統はビール片手に面白そうに眺めていた。
俺は元々今日は休日だがコイツはわざわざ有給を取っているのである。
エプロンに俺の名を刺繍し「スイーツ無双!本格ショコラデザート」なんて本まで買い、一体何が凌統をそこまでさせるのだろうか。
隠された意図があるのか…純粋に俺を揶揄いたいだけかも知れないが。
あれこれ考えながら天板にとろとろとタネを流し入れて、表面が平らかになるように整えた。