無双の間
□夏は流れる
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〇陸遜+
「ねぇ〜伯言君、今日のお祭り私達と一緒に行かない?」
「あたし、花火見る穴場知ってるよ〜」
同じ学部の女子に囲まれている童顔の好青年は、申し訳なさそうな笑顔でその誘いを断る。
「すみません、先に約束がありますので…」
「えー誰と?彼女ォ?」
冗談めかした口調に隠し切れない嫉妬を滲ませて迫る女に、陸遜は爽やかな笑顔を向ける。
「嫌だな、そんなんじゃ無いですよ。就活の相談してる先輩からのお誘いなんです」
(別に予定が無くたって、貴女達と行く気にはなりませんけどね)
温和な表情の裏の内心を知らぬ女達は「それじゃ断る訳にもいかないねー…」とガッカリした様子で引き下がった。
やっと面倒事が去った、と思いつつ携帯を開いて新着のメールに目を通し…陸遜はそっと溜め息を洩らす。
呂蒙からだ。メールには『やはり間に合いそうにない、すまない』と詫びの言葉が綴られていた。
元々、今日は仕事だから会うのは無理だと分かっていたのだ。それでも、八時からの花火だけでも一緒に見たい…とねだる陸遜に呂蒙は「早く帰れるよう努力する」と言ってくれた。
友人と行きますから気にしないで下さい…と返信を打ちながら、また一つ溜め息。
社会人と学生では自由になる時間が違うのだから仕方がないと頭では理解しているし、駄々を捏ねて呂蒙を困らせたりするのは絶対に嫌だ。
それでも、一緒に過ごせない寂しさはどうしようもなかった。
送信完了を確認し、さてどうしよう…とぼんやり考える。「先約」は無くなってしまった訳だが、先程の女子達と出かける気には無論なれない。
花火は好きだが、一人で見に行く気も起きない。
さっさと帰ってレポートでも片付けるか、と思ったところで手の中の携帯が振動した。
呂蒙殿からの返信かな、とディスプレイを見ると予想とは違う人物からの着信を知らせている。
陸遜は慌てて応答ボタンを押した。
『陸遜?今、話せる?』
受話器越しにも軽やかな声が耳に響く。
「はい、大丈夫ですよ。珍しいですね、凌統殿が電話を下さるなんて」
『そうだっけ。ね、今夜は予定空いてるかい?』
「…ええ、まあ」
たった今、完全に空いたところです…と言う言葉は飲みこんだ。
『ちょっと面白い計画があるんだけど、良かったら付き合わないか?あ、合コンとかじゃないよ』
陸遜がそうした場を嫌うのを知る年長の友人は、此方から聞く前に答えてくれる。
ぽっかり空いた心の隙間を眺めながら一人でいるより、気心の知れた仲の相手と過ごす方がきっと楽しいだろう。
「わかりました、ご一緒しますよ。でも何をするんですか?」
『ふふ、それはまだ内緒ってね。でも多分、陸遜も楽しいと思うよ?』
今日は車があるから迎えに行くよ、という凌統と一時間後に大学の正門前で待ち合わせをして電話を切った時には、陸遜の沈んでいた気分も幾らか晴れていた。
結局、何処に行くか何をするのかも教えてくれなかったが、目的地不明のドライブはそれはそれで楽しそうだ。
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