無双の間

□卯月某日
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春。アパートを囲む庭にムスカリが淡青色の花をひっそりと咲かせ、柵に絡んだクレマチスが多くの蕾をつけている。

雲一つない晴天の空は、秋のそれとは違うミルクがかった不透明な青さでどこか気怠い。

痒い、と凌統はしきりに目を擦っている。花粉症デビューじゃねぇの、と思っても口にはしない。ムキになって否定するのは毎度のやりとりで予想できたし、機嫌次第では蹴りが飛んでくる。

黙って目薬を渡してやると凌統は潤んだ目を甘寧に向けて「…さして」と不本意そうに呟いた。


指でべっとめくると白目が充血して薄くピンクに染まっていた。

そこにボトボト黄色い滴を垂らしてやる。嫌そうに長い睫毛が震え、グッと瞼に力が入る。自分でやる時は平気そうなのに他人に目を触れられるのは怖いと言う。それなら自分でやれば良さそうなものだが、弱点を晒すのがコイツなりの甘え方だともう知っている。
 
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今年は桜の散るのが随分と早かった。強い風雨が一気に片付けてしまい、散り際の余韻を楽しむ暇も無かった。

春限定のラベルのビールをちびちび啜る凌統が、花見に行きそびれたなとぽつりと呟く。

そうだなと返して甘寧もビールを呻る。二人して朝っぱらから飲んでいる休日の間延びした空気が心地よかった。

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凌統にせっつかれ、雨道で泥だらけになった靴を庭に盥を出して洗った。少しずつ気温が上がってきて、首筋に汗が浮く。ブラシでガシガシ擦ってたらそんな乱暴にすると傷むぞ、とベランダから声が降ってくる。

「あんたのはいいけど、俺のは丁寧にやってよ」

へいへいと生返事をして凌統の、少し華奢な造りの白いスニーカーを水でざぶざぶ濯いだ。

「精が出ますねぇ」

次に降ってきた声は凌統のものではなかった。
首を捻って見上げると、隣室のベランダで左近が手すりに凭れながら笑顔で手を振っていた。背後に干されているシーツが眩しいほど白い。

「そっちは洗濯係か?」

「雨続き残業続きで溜めちまってね。今日三回目ですよ、回すの」

綺麗好きの同居人の機嫌が悪くなって参った、と左近は苦笑する。


 
 

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