無双の間
□テンパリング
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「はい、バレンタインのプレゼント」
凌統に軽い口調でポンと包みを手渡されたのは、一ヶ月前のこと。
「あー…悪い、俺何にも用意してねえぞ」
まさかコイツに貰うとは思っていなかったのだ。昨年のバレンタインには情緒不安定になってヤケ酒を呻っていた恋人は、今年は妙に綺麗な笑みを俺に向けてくる。
「気にしなくていいよ。お返しは来月、アンタがそれ着て作ってくれればいいから」
「は…?」
嫌な予感がして渡された包みを開ける。中には、パステルなピンク色したひらひらの布切れが入ってきた。…所謂、フリル付きエプロンというやつである。
「お前…これ…」
「絶対アンタに似合うと思ってさー」
「半笑いで言うな!こんなもん誰が着るかっ」
「遠慮せず愛用しろよ。折角、ネームまで入れてやったんだからさ」
成程、確かにエプロンの胸には赤い糸で俺の名が刺繍されている。
…『かんねい』と。
「何で平仮名!?」
「贅沢ぬかすな。『寧』なんて縫えないっつの。平仮名でも『ね』が若干強敵だったんだぜ」
「縫ったのお前かよ…」
「名前はね。針持ったの家庭科の授業以来だけど結構やれるもんだね」
道理で縫い目が歪んでるわけだ。何故、そこまでする必要があるのか。
愛情か。悪意か。
「愛情だよ愛情」
凌統は澄ました顔で言ってのける。
「ホワイトデーにはそれ着てケーキ焼けよ」
「…。お前、何かムキになってねえか…?」
確かに俺よりは甘党な方だが、そんなにケーキ類が好きだったろうか。
疑問を口にすると、凌統は笑顔のまま目をぎらっと光らせた。
「別に?あんたがケーキ作るつって道具一式揃えてレンジまで買い替えたのにそのまんまになってることなんて、全然気にしてませんけど?」
「思いっきり根に持ってるじゃねえか…。レンジはあれ、どうせ壊れかけてただろうが」
「ハンドミキサーは俺の貯めてたポイントで買ってやったよなぁー」
「…着りゃいいんだろ。着て作りゃいいんだろ!わーったよ!」
「やったー楽しみー」
わざとらしくはしゃいでみせる台詞と仕草と表情に苛つくが、約束を反故にしたのは事実だ。
ここは腹括ってパステルピンクの辱しめを受けるとするか。
どうせなら、凌統が腰を抜かすくらい美味いのを作ってやろう、と気合いを入れた。