鋼鉄の間
□蜜に染まる
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祭りの夜。
雑踏の賑わい、遠くから微かに聴こえる細い笛の音と祭り囃子。
「かーんね、ほら早く!始まっちゃうぜ」
提灯を模した灯りが風に揺らめき、前を歩く凌統の影を踊らせている。
「そう急ぐな。転ぶぞ」
言った傍から躓きかける細い体を、甘寧は咄嗟に支えた。
「う…ありがと」
「………いや」
照れくさそうな顔をする凌統を見ると、甘寧まで照れてしまった。
そのまま、何となく無言で並んで歩き出す。
『再会』を果たし、二人で過ごす初めての夏だと言うのに、なかなか会う時間が作れなかった。
凌統は頻繁にメールしてくれたが、山にキャンプに行ったという報告には自分も同じテントで寝たかった…!と悶え、友人達と海へ行ったと聞けば水着姿を見逃した…!と悔し涙を流し。
時間のある夜に逢いたいと思っても、まだ学生の凌統には父に課せられた厳しい門限がある。
社会人と学生という立場の違いに、焦りと恋しさを募らせるばかりの日々であった。
いっそ辞めるか、会社。
半ば本気で呟いた甘寧の頭を、愚痴を聞いてくれていた諸葛瑾が割と本気の力でひっぱたいた。
甘寧はチラリと隣を歩く小柄な姿に目を遣る。
凌統は白地に金魚模様の浴衣を着ている。淡い色の生地が日に焼けた肌に映えて、眩しかった。
今日だけ、父上が門限を花火の終る九時に伸ばしてくれた。
先程、凌統は嬉しそうにそう言っていた。
今、七時四十二分。
二人きりで過ごせる貴重な夜は、残すところあと一時間強しかない…。
花火とか観てる場合じゃないのではないか。
人気の無い場所とかで、もっと違うことに時間を使うべきじゃないかな。
ウスヨゴレタ大人である甘寧はついそんなことを考えてしまうが、花火を楽しみにしている凌統には無論、言えない。
「あ、綿菓子」
凌統が屋台を指差した。
「買うか?」
「ん〜…あれ、口の回りベタベタになっちゃうんだよなぁ」
「その時は俺が舐めて、綺麗にしてやろう…」
言った途端、向こう脛を強かに蹴飛ばされた。
「阿呆か!んなこと言われたら買えねぇだろ」
「む…」
そうか、黙って実行するべきだったな…と甘寧が悔やんでいると、「反省するとこが違うっ!」とまた蹴られた。
正直痛かったが、蹴る時に浴衣の裾が割れて白い脚が覗くのが美味しいので甘んじて受ける。
思えば普段の制服姿の方がスカートも短く、脚を露出している筈なのだが浴衣の裾からチラと覗く肌とは何故、こうも胸を騒がせるのだろうか。
小柄な凌統は足も小さく爪もちんまりしていて、可愛らしい。凌統の足指なら口に含んでもいい、と思う。
隣を歩く男の頭がそんな妄想で埋まっていることなど知る由もなく、凌統は屋台の賑わいにまた目を奪われている。
進む程に人混みの密度が増していくので、互いを見失わぬようにと甘寧は凌統の手を引いた。
途端に、凌統の頬がぱっと赤く染まる。
手を繋ぐくらい…と思いながらも、初々しい反応に悪い気はしなかった。
『甘さん、おちびを無理に大人にしちゃダメよ。コドモでいられる時期は短いんだからね』
強かひっぱたかれた後、諸葛瑾に言われたことを不意に思い出す。
それはわかっている。
遥か遠い過去の記憶。
その全てを留めている訳ではないが、かつて凌統から子供でいられる時間を奪ってしまったことは朧に覚えている。
だから今この時、自分の隣で子供のままの明るさと無邪気さで笑い泣き、怒る凌統の貴重な時間を汚したくは無かった。
かつての己がにしてやれなかったことを今、してやりたい。
その笑顔を護ること。
決してその手を汚させぬこと。
幸福にすること。