鋼鉄の間

□うえる
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その女の子は、僕のための女の子だった。



僕が六才とか七才とか、多分そのくらいの時。

母上が連れてきた小さな女の子は「其美」という名前だった。

何処かの村の誰かの娘…と母上は話してたけど、僕は興味が無かったのでよく覚えてない。

「この娘は劉備のために家に連れてきたのよ」

と母上は言った。

育ててあげる代りに畑や家の仕事を手伝わせて、大人になったら僕の嫁にしてやるんだって。

嫁にするってよく分からなかったけど、母上の隣でモジモジしてた其美は綺麗な緑の目をしてて。

僕は綺麗なものが大好きだから、何だかとっても嬉しくなった。




其美はとても良い女の子だった。


父上や母上が言いつけた仕事をしていても、僕が呼べば仕事を放り出してすぐに飛んで来た。

それで母上に叩かれても僕の言うことを一番に、何でもきいた。

花が好きで、花を育てるのが上手だった。

其美が来てから家の周りはたくさん花が咲いて、素敵なお花畑になった。

「お花、綺麗だなあ」

僕がそう言って笑うと、其美は僕よりもっと嬉しそうに笑う。

お花と同じくらい、綺麗で可愛い笑顔だった。




其美が家に来て、何年か経った頃。

その年は、雨が全然降らない年だった。

僕は晴れた日の青い空が大好きだから嬉しかったのだけど、父上や母上はため息をついてた。

村の大人たちはどんどん痩せていって、よく遊んでた近所の子供たちの姿を見かけなくなった。


「あの子たちは皆、何処に行っちゃったの?」

僕がそう聞くと、母上は暗い目をして「人買いに売られたのよ」って教えてくれた。

カンバツで村に食べ物が無くなったから、子供を売って食べ物と替えるんだって。

でも、僕の家には、まだ食べ物があるのに。


「家の食べ物を皆に分けてあげたら」

って僕が言ったら、母上は凄く怒った。


うちは特別なんだって。

僕の家のご先祖様はものすごく偉ーい人で、僕や父上はその尊い血を引いてるから他の人とは違うんだって。

僕には、そのご先祖様がどうして偉いのかわからなかったけど。

母上が言うのなら、そうなんだろうと思う。


僕は偉いご先祖様の血を引く尊い人間で、だから他人に食べ物を分けたりしなくて良いんだ。


母上がそう言うんだから間違いない。


その次の年も、あんまり雨が降らなくて。


その頃から、其美は僕や父上や母上と一緒にご飯を食べなくなった。

前は皆、同じ部屋でご飯を食べていたのに。


そして、其美はどんどん痩せていった。

ふっくらしてた頬っぺたもぺしゃんこになって、可愛くなくなった。

綺麗な緑の目だけが変わらなかった。


 
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