鋼鉄の間
□ワンダフル ジニア
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『五月某日』
「呂蒙、これやるよ」
制服姿の少女が差し出したのは、一輪の赤い花。
「カーネーション?」
「造花だけどな。花屋のオープン記念とかで駅前で配ってたんだ」
「造花ですか。最近のはよく出来てますね」
でもどうして私に?と首を捻ると、凌統は僅かに目を伏せた。
「うち、お袋いないし。呂蒙にはいつも世話になってるからさ」
「そうですか…有難う、凌統。大事にしますね」
凌統はへへと照れたように笑うと、カツ丼定食、ご飯大盛りでな!と元気よく注文した。
「呂蒙、良かったらコレ貰っておくれな」
眼鏡の似合う青年が差し出したのは、同じく赤いカーネーションの造花。
「あれ、諸葛瑾も駅前で貰ったんですか?」
「まあね。他に渡すアテも無いし…一応、日頃の感謝を込めて、ね」
要らなきゃ適当に始末していいよ、などと煙草をふかしながら瑾は嘯く。
「有難う、諸葛瑾。大切に飾らせてもらいます」
にっこり笑いかけると、瑾も微かに笑い、いつもの盛蕎麦を注文した。
「呂蒙…その、これ貰ってくれるかな…?」
良家のお坊ちゃま然とした少年に、酷く遠慮がちに同じ造花を差し出された時には、思わず苦笑が込み上げてきた。
「あ…ごめん、迷惑だったかな…」
陸遜が肩を落としたので慌てて「そんなこと無いですよ」と赤いカーネーションを受け取った。
「有難う、陸遜。とても嬉しいよ」
そう言うと、やっと陸遜は安心した顔になる。
「ところでご注文は?」
尋ねると、陸遜は「どうしようかな」と壁に貼られたメニュー表を眺めて思案し始める。
優柔不断な少年のこと、注文を決めるまで時間がかかるだろうが、赤い花に免じてゆっくりと待つことにした。
「………」
浅黒い肌の長身の青年に赤い花を無言で手渡された時には「やっぱりね」と内心頷いた。何となく予想はついていた。
「有難う、甘寧」
呂蒙が屈託なく受け取ったので、甘寧も安堵したように淡く微笑んだ。
「…本来は、母親に贈るものだそうだが。俺は、母親を知らぬゆえ…」
母親とはどんなものか…と考えたら、呂蒙の顔が浮かんだと甘寧は言う。
「僕、男なんだけどね…一応…」
皆にオカンと認定されているのを喜んでいいものやら…と苦笑する。
「…呂蒙の料理は、お袋の味…という気がする」
「あはは、定食屋冥利に尽きますよ」
ご注文はいつものでいいんですね?と確認すると甘寧は耳を飾る鈴をリンと鳴らし、頷いた。