鋼鉄の間

□ようこそ三國書店へ
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「んしょっ、と」

錆が浮いてぎしぎし軋むシャッターを押し上げるのは、小柄な凌統にとってはなかなか骨の折れる作業だった。

書体も古めかしい金文字で『三國書店』と記されたガラス扉の鍵を開け、中に入る。しんと静かな暗い店内は、何故だか外よりも空気が冷えて感じられて。

凌統はカウンターの上に紺地のスクールバッグを放り、急ぎ壁のスイッチに手を伸ばした。明かりが灯り、低く唸る稼働音と共に空調が入る。

ほっと息をつくと、カウンターの向かいに置かれた煉瓦色の革のソファに身を沈めて、暖かな風が店内を満たしてくれるのを待った。

壁を覆う本棚に隙間無く並ぶ古書の独特な匂い。

(じいちゃんの匂いだ…)

目を閉じると、優しかった祖父の笑顔が浮かんでは消える。

この古書店『三國書店』の店主だった凌統の祖父が帰らぬ人となったのは初秋の頃だった。。
 

しばらくは慌ただしい日が過ぎ、その間休業していた『三國書店』の今後について凌家で話し合われたのは四十九日の法要が済んだ後だった。

一人息子の凌操には他に仕事があったし、古書の知識も無い。もともと、資産家だった祖父が趣味が昂じて開いた店のため採算などは度外視。

収益も見込めないということで、いっそ閉店するか店舗ごと人に譲ってはどうかという案も出た。
しかし、凌統だけは閉店に断固反対した。
 
祖父の所蔵する本にどれほど価値があるかなど、凌統には判らない。

しかし、祖父がコツコツと集めた本たちを人手に渡してしまうのは、祖父の思い出までも手離してしまうようで、凌統には耐え難かったのだ。 


 
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