無双の間
□【コヒビトたちの朝昼晩。】
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「たこやき」(左三+α)
「あーかーんー!」
広いキッチンに、甲高いダメ出しのお言葉が響きわたる。
「せやからひっくり返すタイミングが早すぎるて言うてるやん!」
「む…!しかし早く回転させねば焦げてしまうではないか…」
ねねから借りたエプロンを身に着け、ピックを手にした三成は、鬼教官のごとき剣幕の少女にそう言い返した。
「焦がすんはひっ返すんが遅いんやのうてアンタがトロいからや!もっとピャッ!シャッ!とやらなあかんっ」
「ぐっ…!」
三成は悔しげに呻く。
やってられるか!と叫んで帰りたいところだが、そうもいかない事情が彼にはあった。
街角の桜もちらほらと花を綻ばせ、一層春めいた風が吹くこの季節。
三成の勤める会社では、十日後に花見が催される予定であった。
会社の花見と言っても、公園の桜の下にシートを敷いて缶ビール…といったものではない。
何せ社長の信長を筆頭に派手好き祭り好き、騒ぐの大好きな面々ばかりの会社なのである。
当然に花見も、いっちょ景気良くかまそうぜ!とばかりに盛大に催すのが慣例になっていた。
信長が社員の福利厚生を名目に設けた広大なグランド(※もとは信長の義弟の会社の跡地)に七百本超の桜を植えて会場とし、屋台は出るは歌や演芸のライブはあるはの、正に一大イベントなのだ。
但し、その催し物は全て社員自らが行わねばならない…という暗黙の掟があった。つまり、業者は頼まずゲストは呼ばず、屋台運営もライブ出演者も全て社員達だ。
…ほとんど学園祭のノリである。
その花見大会で、三成は秀吉からタコ焼きの屋台担当に任命されてしまったのだった。
「…そういう事には、私よりもっと相応しい人間がいると思いますが」
三成は秀吉に抗議した。
「例えば、正則とか清正とか…」
屋台などあの体育会系の連中に任せるべきだ、という三成の主張を、秀吉は笑って受け流した。
「いやいや、清正と正則はもう別の屋台の担当が決まっとるからな」
清正は焼きソバ、正則は広島風お好み焼きの屋台の担当だという。
「さて、三人の内、誰の担当した屋台が売り上げ一番になるかのぅ?いや楽しみ楽しみ」
「…っ!」
その秀吉の一言が、三成の闘争心に火を点けた。
三成、清正、正則。
普段から何かと張り合い競い合う、云わば宿命のライバル同士。
(…あやつらに負ける訳にはいかぬっ!)
俄然やる気になった三成はタコ焼きに関するあらゆる情報を集め最高級の材料を手配し、練習用にと自宅用のタコ焼き器も購入。万全の態勢を整えた…筈だったが、一つ、計算違いがあった。
三成自身の技術不足。
…というより、不器用さである。
何事も器用にこなし茶道なんぞも嗜む三成だが、何故か料理や裁縫といった家庭科関連に関しては壊滅的に不器用で。
何度練習を繰り返しても焼いたタコ焼きが球形にならないという現実に、三成は愕然とした。
しかも、何か、不味い。
タコ焼きとは素人が簡単に作れるような代物ではないのではないか?
そう思い同居人の左近にもやらせてみたところ、左近はいともアッサリと完璧な球形のタコ焼きを焼き上げてしまった。
味の方も、専門店のそれと遜色ない仕上がり。
「………左近」
「いや、殿…そんな睨まれても困るんですが」
悔しげを通り越して恨めしげな目で向ける三成に左近は苦笑する。