まいにち記念日。
□騎士と独占欲
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騎士と独占欲
馬超は香水をつけない。
野生動物のように鋭敏な嗅覚を持つ彼は、人工的な香り全般があまり好きではない。シャンプーや洗剤、柔軟剤なども香料が強すぎるものには顔をしかめる。
馬岱は香水が好きだ。
人工的だからこそ、官能に訴えかける。服を選ぶように纏う香りを選ぶのは楽しいことだと思う。
馬超ほど嗅覚が鋭くないからかもしれない。比喩としての意味であれば、彼より遥かに鼻が利くと自負しているのだが。
馬超を不快にさせたくは無かったので、叔父の家で彼と同居するようになってからは香水を使うのを避けていた。
けれど、遠い街の大学に合格して叔父の家を出ることになった時、馬岱は馬超に香水を贈りたいと強く思った。
これから遠く離れて暮らす従兄弟、いつも牧草や風や泥や、お日様の匂いのする健やかな従兄弟。
彼が初めて身に纏う人工の香りは、自分が贈ったものであって欲しい。
それは馬岱の、ささやかな独占欲。
出発の日の朝、ブーツの紐をきっちり結んで玄関を出る直前、さりげなく馬超にそれを渡した。
「何だ?」
不思議そうに首を傾げた従兄弟に「香水だよ」と告げてやれば、案の定、彼は眉を寄せた。
「まぁ、開けてみてよ」
予想通りの反応に苦笑を噛み殺しながら促すと、馬超は無言のまま包みを開いた。その大きな瞳が現れた中身にパチクリと見開かれる。
深いグリーンのボトル、チェスの「騎士」の駒を思わせる、馬の頭を象った美しいキャップ。
どんな香水であれば馬超が快く受け取ってくれるだろうかと、迷った末の秘策だった。
「綺麗だな」
馬をこよなく愛する彼は一転して嬉しそうに瞳を輝かせる。
「イイでしょ?香水とか好きじゃないの、知ってるけどさ。あんまり素敵だったから」
ここぞって時につけてよと言うと、馬超は真面目くさった顔で「そうさせて貰う」と頷いた。
「だが、何で俺にこれをくれるんだ?」
「んー、お餞別?」
「送り出す方が渡すものだろう、餞別は」
「固いコト言いっこ無しだよー。ま、今までありがとねーの気持ちだよ。あと離れても時々は俺のこと思い出してよねー!みたいな?」
冗談に紛らせた本心。
いささか情けなくなって視線を落とした馬岱を、馬超は不思議そうな顔で見つめた。
「思い出すも何も、俺がお前のことを忘れる筈が無いだろう?」
「…っ」
不意打ちに、咄嗟に声が出ない。
「ありがとう、馬岱」
「…どーいたしまして」
ほんの少しの後ろ暗さを抱えたまま、馬岱は満面の笑顔を浮かべた。