まいにち記念日。

□アイスクリームの日
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アイスクリームの日

会社近くに最近オープンしたアイスクリーム屋が大層美味い、という評判を教えてやると、甘党な同居人は目をキラキラと輝かせていた。

他の店では見ないようなフレーバーも沢山あり、トッピングの種類も豊富らしい、と話すと今にも涎を垂らさんばかりの顔で唇を舐めていた。

今度連れてってやるよ、と言った俺に抱きつかんばかりの勢いだった。

…そこで本当に抱きついたりは絶対しないのが、可愛くないところだが。

それが昨晩のことだ。

で、今日。

「何でいるんだよ!」

会社帰りに店の前を通ったら、テラス席で凌統がアイス食ってやがった。

「お疲れー」

「お疲れー、じゃねえよ…今度連れてってやるっつったのになんで一人で来てんだよ…」

「我慢できなかった」

普段は割と出不精の癖にこんな時だけ何でそんなフットワーク軽いんだ、こいつは…。

げんなりしつつ隣の席に腰かける。五月とはいえ夕刻になるとまだ空気は薄ら寒く、店内に客の姿は疎らだった。俺よりは確実に寒がりの凌統は、フリースの膝掛けを装備している。女子か。

「何食ってんだ」

「オレンジリキュール&フランボワーズ&バニラってやつ」

「…美味いか?」

「超美味い。何故か熱いお茶とか無性に飲みたくなる感じ」

「寒いんだろうが」

アイスなど昼のお日様の下で食うもので、宵闇の迫る中で震えながら食うもんじゃないだろう。
呆れて首を竦めた俺の顔をちらりと見た凌統は、橙と赤紫と白の固まりをせっせと掬っていた匙を置くと、そのままスイと此方に手を伸ばした。

「冷っ…」

ひやりと滑らかな両手に顔を包みこまれ、背筋が戦いた。冷たい掌は頬をなぞり項を撫で下りて、襟元から更に服の内側へと侵入してくる。

妖しく蠢く指に触れられた箇所にゾクゾクと寒気が走り、それなのに耳朶がかっと熱くなった。

「あぁ…温かい…やっぱあんた、無駄に体温高いなぁ…」

「…無駄じゃねえだろ。今まさに有効活用してんだろ、お前が」

「使えるものは甘寧でも使えってね」

悩ましい動きをする手と裏腹に、凌統は無邪気な笑みを浮かべている。
煽っている気は更々無いんだろう。恐ろしい。

俺はテーブルの上の器を掴むと、半ば溶けた橙と赤紫と白の冷たい固まりの残りを一気に己の喉に流しこんだ。ほろ苦さと甘酸っぱさと甘さが口にぶわっと拡がり、食道を落ちていく冷たさに一瞬鳥肌が立つ。

「ああっ、あんた何食ってんだよ!」

「おら、帰んぞ」

キャンキャン文句を言うのを無視して、奴の腕を引いて駅へ駆け出す。

一刻も早く家へ帰って、もっと直接的かつ効率のよい方法で凌統の体温を上げてやりたかった。

口の中が甘ったるくて、今コイツの口を吸ったら同じ味がするんだろうなと考えたら、また背筋がゾクッと痺れた。


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