会長はメイド様! 短編

□その温もりの中
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中途半端な状態で眠ったせいか、目を覚ましたのはまだ日が昇ってもない早朝だった。
閉じていた目をうっすらと開ければ、もう幾度と見慣れた部屋と隣で私の髪を撫でる愛しい人。


「…ごめん、起こした?」

手を止め聞かれれば首を軽く横に振って否定する。
気だるい体を動かして仰向けから横向きに体制を変えて彼に密着する。

「……ふっ…どうしたの鮎沢、いつも以上に甘えんぼじゃない?」

そうは笑うもの、碓氷は腕を回して私を抱き寄せる。
「なんとなくだ…」

そう言って私はガラにもなく更に碓氷に密着する。
こいつの広い腕の中は、温かさと言い、匂いと言い、なんというか…
……すごく安心する…


「……にしても昨日の美咲ちゃんすごかったよねー」
「…?」
「ホントどうしちゃったのー?いつも以上に積極的だったし、キスはねだるし、いつも恥ずかしがって言わないのに“もっと…”なんて言うし、すっごい腰振るし?」

碓氷の言葉に昨夜を思い出して赤面する。
否定したいのに事実だからできないことが悔しい…


「い、言うなアホ碓氷!」
「えー、もっと言えるよー?いつもより回数も多かっ「いい加減黙りやがれこの変態宇宙人!」


いくら事実だとは言え、こうもありのままに露骨に言われるのは恥ずかしくてたまらない。
少し声を荒らげて更に続けて言おうとした碓氷の言葉を遮った。
被ってたシーツを少し引っ張って赤くなってしまった顔を少し隠してから口を開いた。


「……怖かったんだよ」
「え…」


私のその言葉に碓氷の声が変わり、動きが止まったのが気配でわかる。
顔を碓氷の胸元に寄せてぽつりと話を始めた。


「…久しぶりに父さんがいなくなる夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ…いつものように家に帰ったら父さんがいなくなってたんだ……それだけじゃない…いつの間にか、私の知らない間にお前までいなくなってて…私も何故かそのことにいつまでも気づかないんだ。気づかないままずっと……だから、目が覚めた時に少し混乱してしまって……だな……」
「…それでわざわざ俺に会いに…?」


碓氷に察せらせると続きを言うのが妙に恥ずかしくなってしまい、更に赤くなってしまった顔を見られたくないとシーツに潜り込もうとするが、碓氷にそれを止められてしまう。


「だーめ。そんなことしたら可愛い鮎沢の顔、見れなくなっちゃうでしょ?」
「っ…さ、散々見てるくせに何を言うかっ!」
「……ごめんね鮎沢」
「?…なんでおまえが謝るんだ」
「いくら夢であって俺本人じゃなくても、その夢を見させたのが俺じゃなくても、鮎沢を不安にさせた理由のひとつは俺でしょ?」
「アホか…そんなのこじつけだろ」
「…そうかもね。でもね……」
「んっ…」


そこまで言うと碓氷は私の頬に手を添え額にかかってる前髪を避けて優しくキスを落とす。
避けきれなかった髪が額をくすぐり、なんともこそばゆい感覚に思わず身を捩る。


「鮎沢には俺が理由で悲しくなんてなって欲しくない。俺が理由で苦しい思いなんかして欲しくないんだ。…それに悔しいだよ」
「悔しいって…」
「鮎沢が辛かったときに側にいて慰められなかったことがさ…」


碓氷の口調がいつもよりも弱いような気がして慌てて碓氷の顔を覗きこむ。
そんな顔をするな──そう言おうとしたのだが、それは突然降ってきた少し荒々しい口づけによって叶わなかった。
あまりに急だったため、準備も何もなかった私は碓氷の舌の侵入を易々と許してしまう。


「んっ…ふ…ぁ」

まるで行為の前それのように荒々しく口内を堪能される。
ベッドに寝ているから力が抜けて倒れることはないが、居場所のなくなってしまった腕をどうにかしようと、未だ裸の碓氷の背中に伸ばして抱き締めるように必死ですがり付く。

「んぅ…はぁ…は」

碓氷は私の口内をひとしきり味わってからゆっくりと唇を離す。
互いを結ぶ銀の糸は少しの間はそこに揺れていたものの、やがて重力によって2人の間でぷつんと切れた。

はっきりとした記憶はさだかではないが、数時間前にあれ程体を重ね愛し合い、意識を手放したばかりだというのに再び体に熱が籠るのが自分でも分かる。
こっちは息ができずに苦しくて未だ正常ではないというのに相変わらず余裕顔の碓氷が気に食わず、思いっきり睨み付けてみる。

…しかし睨み付けてると思っていたのは自分だけで当の碓氷は口許を上げ目尻を細めてふっと笑みを浮かべる。


「ねぇ鮎沢、いつも言ってるけど…そんな顔したって逆効果だってば」
「っ…や…ぁっ」


碓氷は言いながら何も身に付けてない私の肌に手を添える。


「俺は、鮎沢を置いて何処かになんて行かないから。」
「…言ったな?」
「うん。」
「嘘だった場合は一発殴るどころじゃ済まさないぞ…」
「怖いよ鮎沢…」


そうは言うものの、碓氷はいつもの笑顔を浮かべている。
時折浮かべる不安げな笑顔や、困ったような顔、切なそうな微笑み。
それとは違う優しい笑みは、こいつの本心だと思いたい。

こんな風にただ側にいて、ただ笑い合える。
それだけで充分だ。
そう思えるようになったのも、私が私自身の気持ちと向き合えたのも、こいつの事情を知って力になりたいと思ったからだ。


いつかすべてが解決できた時にはお互いに、離れてしまうかもしれない不安も恐怖も拭い去って、今以上に“幸せだ”と感じることができるのだろうか。
それがいつになるかは分からない。
それでも、そんな日は必ずやってくる。


そう確信を持って、私は再び碓氷の腕の中でそっと目を閉じた──

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