会長はメイド様! 短編

□重なる表情
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似てるけど、何かが違うと思った…



【重なる表情】


『俺はどこにも行かないよ』


先程聞いた碓氷の言葉。
それを聞いた時に浮かんだのは、生徒会選挙の後に屋上で碓氷に言われた言葉だった。


『俺も逃がすつもりなんてないからね。鮎沢』


何かを決めたような碓氷の強い口調──あの時のはどことなく切ない、そんな感じもしたけれど──それでもどことなく何かが似ている気がした。
何が、と問われてみてもそれにはっきりと確信を持って答えることはできないが…。


メイド服からいつもの私服への着替えを終え荷物を取り出してから、パタンとロッカーの扉を閉め、小さくため息をつく。
ここ数日間でいろんなことがあまりに一気に起こりすぎたせいか頭が追い付いていないのが正直なところだ。

最後の片付けをしていた店長に「お先に失礼します」と声をかけてから裏口の扉を開けて外に出る。
後ろ手に扉を閉めれば目の前に先程まで兄の付き人という忍者…もといセドリックとやり取りをしていた張本人がいた。


「お疲れ。送ってくよ」
「……おぅ」


先程ホールでやり取りをしていたばかりでどことなく気恥ずかしいような気もして思わずうつむいて返事をする。
そんな私の頭を碓氷に優しく撫でられ顔を上げれば行こう、浮かべられた笑みにまたうつむいてしまいそうになる。

他愛もない会話をぽつりぽつりとしながら共に歩き、電車に乗り込み降りるべき駅で降り、再び歩き出す。
辺りはすっかり暗くなり、昼間はいくらか賑やかなこの道も今では自分達しか歩いてない状況だ。

ふと、碓氷が急に足を止めたため何事かと思って碓氷の顔を見上げれば、肩越しにあるのはあの時の──碓氷にうさぎりんごを渡した時の──公園だった。


「ね、ちょとだけ寄り道しても良い?」
「別に良いが…なんならここからは一人で帰るぞ?」
「いや、時間大丈夫なら鮎沢も来て?」
「…あ、ああ」


そう半ば強引に腕を引っ張られて公園の中に足を踏み入れる。
街灯はついているものの、暗闇を照らすのにはやはり完全なものではなく辺りの様子が辛うじて分かる程度だった。
しかし碓氷は街灯から離れて更に暗い公園の端に向かって歩みを進める。
いくらなんでもそんな端に遊具はなく、何のための寄り道なのかわからず首を傾げるしかできない。
…別に端から碓氷がこんな時間に遊具で遊ぶために寄り道したとは思っていないがな。そう呑気なことを思っていると碓氷は足を止めて私の方を向き直す。
さして明るくない街灯の光を少しだけ浴びいつもとは違うその顔はどこか妖美さを纏っているような気がした。
一体どうしたのか…と問う間もなく正面から抱き締められる。


「ちょ、碓氷、離せって!見られたらどうすんd「いないよ」


ここ数日間ずっと私達の前に現れては存在を主張したセドリックのことを考えて慌てて離れようと力を込めるものの耳元で囁かれたその言葉に抵抗の力を緩めてしまう。


「いないって…」
「店出てからずっと後をつけられてる気配しないし、小声で挑発もしてみたけどそれっぽい人いなかったから。だから今は誰もいないよ」
「…だからさっきから一人でぶつぶつ言ってたのか。おまえ相当怪しかったぞ」
「変質者扱い?酷いなぁ」


そう苦笑いを浮かべるものの抱き締める力は緩めない。


「…最近あの人のせいで全然鮎沢に触れられなかったから、今だけはこうさせて?それが寄り道。ここなら誰にも気づかれないし」


いない、とは言うものの少しは警戒しているらしい碓氷の声は自然と小声になっている。
時間も時間だし激しく抵抗して近所に迷惑をかけたくはなく、また、久しぶりにこんなに近くで碓氷の体温を感じられるのが嬉しくて私もきゅっと碓氷の服を掴む。
心地良いと思った矢先にふいに名を呼ばれそのまま少し顔を上げると頬に手を添えられると同時に色素の薄い髪形目の前まで近づいてくる。
その行動が意味することを理解はしたものの、ここが外であるということも重なってか、やはり警戒が完全に解ける訳ではなく躊躇してしまう。
それでも触れられる時に触れて欲しい─そんな思いが恥ずかしさと警戒心を通り越して強くなりそっとその手に自分の手を重ねた。
互いの片方の手は私の頬の上に。
もう片方は互いの体をしっかりと包み込む中、ゆっくりと近づく唇。
壊れ物を扱うかのように優しく触れた碓氷のそれは少しばかり熱を帯び、震えているように感じた。
何故か今日のキスは決して深くなることはなくただ角度を変えながら小さく重なり、時たまリップ音を立てて吸われるだけ。
それでも心地よくて…外だというのに嬉しくなってしまう自分がとことん憎い。


「お、おまえは私を離すつもりはないんだろ?……だ、だったら……おまえも私から離れるな…」


名残惜しく唇が離された合間に自然と口から出たその言葉はまるですがるようなものだった。


「大丈夫。どこにも行かないってさっき言ったばっかりでしょ?」


そう微笑む碓氷は先程と変わらず何かを決めたような強い顔をしていた。
こいつなりに決心をしたのかもしれない。
セドリックは長期戦になりそうだ、と言っただけでおとなしく見逃してくれる程お人好しではないのかもしれない。
それでも、碓氷の決心はそう簡単に揺らぐものではないことを私は知っている。





碓氷、最初はおまえから踏み込んできたんだから私が踏み込んだからって文句は言うなよ?
迷惑だろうが知ったことじゃない。
おまえが戦うなら悪いが私もとことん付き合わせてもらうからな。



end

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