- 小説 -
□Your eyes are staring at the ground. 後編
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「こっちの診察室を空けてもらいました。アキオ、入れ」
「う、うん…」
達也は日頃の業務のように、淡々と目の前の物事をこなす。
医者というものに普段関わることの少ないアキオは、ただ言われたことに従うことしかできなかった。
「そこに座れ」
なんとなく会釈をしなければいけない気がして、ペコッと首だけ動かして腰掛ける。
「………」
ふと、何か思い出したように達也は椅子から立ち上がり、アキオの横を通り過ぎ、診察室のドアを開けた。
「北見さん」
「あ、達…」
「外に座って待っていてもらえますか?お時間いただきます。では」
診察を最優先に考えている達也は、北見にさえ機械的で素っ気ない態度を見せた。
そしてそのまま何事もなかったように、また椅子に腰掛け、診察に入る。
「じゃ、手を出して」
今度は晶夫が、どうぞと言わんばかりにアキオの手を達也に差し出した。
「…よくそんな不自然なアイシングの仕方ができるね」
「え…」
アキオは達也の言っていることが理解できなかった。
何も不自然なことなどない、そう思っていたからだ。
応急処置の基本、固定して、冷やして、心臓より高い位置に腕を上げている。
「だって、晶夫がずっと俺の腕を支えてくれてるし…」
そう口にして、初めて自分たちの方が不自然なことに気がつく。
「…島さん、晶夫が見えないの?」
「見えないね」
しっかりと巻かれた包帯とタオルを慎重に解きながら、達也はキッパリと言い放った。
「僕はおばけなんて信じない」
「…そ、そんなぁ…」
晶夫は落胆の色を隠せず、ガクリと達也の手にアキオの手を落とした。
「痛いっ!」
ポンとただ乗せるほどの接触が、まるで鈍器で思い切り殴られ折れ曲がる衝撃に感じ、アキオは悲鳴が混じった声をあげた。
もちろん、この声を診察室前で聞いた北見が、寿命が縮まる思いをしているのは説明するまでもない。