- 小説 -


□さよなら 前編
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『あの…どうしても今日中に仕上げなくちゃいけない仕事が残ってしまって…すみません…』
「い、いや、気にすることねぇって!忙しいのに気ぃ遣わせちまったな…」
『あの、それで…その…』
何か言いたそうにするとき、達也はいつも口ごもる。
「…どうした?」
伏し目がちにキョロキョロとしているのは、容易に想像がついた。
『えっと…仕事が終わるのが、かなり遅くなってしまうと思うんです…』
「…うん…」
『でも…』
「うん…」

長い沈黙が訪れる。
俺はいつも沈黙に耐えられず、達也を急かすようなことばかりいってしまうが、今回は違った。
『北見さんに、会いたい…』
素直な気持ちを伝えた後、わがまま言ってすみませんと、やっぱりすぐ謝ってきた。
「…謝ることねぇって。俺も、達也に会いたい」
『…良かった…』
少しため息に似たものが混じった、安堵の返事が返ってきた。
そんな言葉一つ一つに顔がほころび、胸が高鳴る。
『じゃあ…すみません、また後で連絡します…』
「おう、わかった。仕事頑張れよ」
少しの間を置いて受話器を置き、どこかソワソワする気持ちが落ちつかなくさせる。
…会いたい、だってさ。
こんな事で俺は一々中坊じゃあるまいしと、にやける自分を笑った。
浮いた腰をあげ買って来た食材を冷蔵庫にしまっていると、また電話が鳴った。
「はい、北見サイクル(♪)」
『あ、北見さん?富永です』
「…………………チッ」
 
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