- 小説 -


□Another 前編
2ページ/8ページ


「こんばんは…」
「おぅ、調子はどうだ」
頭をポンポンと撫で、北見さんはゆっくりとトランクを開ける。

「………」
「…ん?どうした?」
北見さんがこっちを振り返ったのは、しばらく経ってからだった。
汚れた手をタオルで簡単に拭きながらこっちに近づいてくる。
「……なんでもありません」
「お前がふくれっ面してんだ、なんかあんだろ」
「………」
言葉が見つからない。
して欲しいこと、したいこと、たくさんあるのに口から出てこない。
今まで、他人に気持ちを話したことがなかったから?
他人に求めることなど何もなかったから?
今、伝えたいこと、たくさんあるのに…。
「…達也」
何も出ない口唇が口唇に塞がれる。
「…なぁ…俺、キスしてよかったか?」
僕だって、首を縦に振るくらいは出来る。
「俺さ、お前のことまだ何もわかんねーし、でも、お前のこと傷つけたくねーんだ」
少し困った顔をしながら、言葉を選んでる。
「だから…俺に遠慮なんかすることないんだぜ」
そう言って北見さんは、力いっぱい僕を抱きしめた。
すごい力だ、アバラ骨が2,3本軽く折れそうだ。
「く…苦し…北見さ…」
「くくく!遠慮するからこんな目に合うんだ!」
いつものように、北見さんは楽しそうに笑っていた。
 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ