□―YOU―
1ページ/3ページ


愛して愛して、
狂ってしまいそうな…

いや、狂っていたときがあった。

「じゃあ死ねる?私のために――」
「もちろん、死ぬことさえ怖くないよ」

迷いもなく答えるくらい…


俺は、彼女を愛していた。




「簡単に死ねるような男、私には必要ないの」

白い肌、漆黒の腰まで伸びた髪、細くて長い指……

彼女を作り上げている全てが、言葉を忘れる程に美しかった。

そしてそれはあまりにも儚くて、今にも消えてしまいそうだった。

だから余計に、俺は夢中になっていたのかもしれない。




「はっ…?いない?」
「一条さんなら、昨日引っ越しましたよ」
「昨日?!」

目の前にあるのは、まだ生活感の残る部屋。
香水のかおりと、俺が指定席にしていた椅子と、何度も抱き合ったベッドと………
彼女がいるみたいな空間。

だけど、彼女はいない。

俺が愛した彼女は、もういない…?

「ユウ…なんでだ…?」

俺がいらなくなっただけで、ここから消えたって言うのか?

「ユウ!!」

呼んでも返事はなくて、姿も見えなくて。


「望くんっ」

代わりに俺を呼んだのは、百華だった。

「どうしたの?こんなとこで…」

渋谷のど
俺はそこにいる百華じゃなく、いなくなってしまったユウを見ていた。



ユウがいなくなってから1ヶ月。

「アメリカ?!」

ユウの弟と友人関係にある俺の弟・朔斗が、情報をつかんだと知らせてきた。

「いきなりN.Yへ留学して、半月くらいしたらやっと連絡が来て、あっちで知り合った男と婚約したって」
「…はっ?」

婚約。
その言葉に俺は、眉をしかめた。

「もう日本には帰らないってさ」

朔斗は他人事だから、簡単に話す。
俺はその口から告げられた事実を受け入れたくなくて、ハハハッと笑い返した。

「…兄貴…」

同情の視線をすり抜けて、俺は家を飛び出した。


「…望くん?!」

そのタイミングで、学校帰りらしい姿の百華が現れた。

「どうしたの?」

……百華はいつも優しい。

「…望、抱きしめてあげる」

ユウの代わりとして、俺を癒そうとしてくれる。
全身で心配して、全身で好きと伝えてくる。

「望…は、ひとりじゃないよ」
「…百華…」

彼女は微笑みを見せたけど、俺にはそれが泣き顔に見えた。

「ありがとう、望くん」

俺は、その言葉の意味に気付けなかった。
自分のことばかり考えて、彼女を傷つけ続けていた。


「だけど、このままじゃだめだと思う」


ユウを失った現実から逃げているだけの俺に、百華の言葉が突き刺さった。

「ユウさんのこと…諦めちゃだめだよ」

こんなときの彼女は、大人びて見える。

「私にはわかるよ。望くんの痛み」
「百華…」
「一番好きなひとがそばにいなくなったら、辛くて、苦しいよ」

ユウのことなんて話したことはなかった。
ただ、俺が百華を身代わりにして呼ぶ名前だけ……
彼女が知っていたのは、それだけだった。
けれどそうやって、悲しい顔をしながら俺に話した。

「私も、望くんがいなくなったら、辛くて苦しいから……」
「俺はここにいる」
「……ここにいるのは、望だよ」

その時の俺には、やっぱり意味がわからなくて。
でも、彼女の言うことに背中を押されたのは事実だ。




――百華の痛みを解れたら。
もしこのとき、そんな俺がいたら。
そしたら百華は、今とは違う未来を歩んでいたのだろうか…?
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ