□卯月の恋
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……そして彼女は、
夜空で輝く星になった。





「ねぇ、なんで電話くれなかったの?」

通勤通学ラッシュの満員電車を降りると、いつもの場所に彼女はいる。

「おはようございます、先輩」
「龍大!ごまかさないで!」
「朝の挨拶をしただけですよ」

俺は構わずに歩き続けるけれど、込み合うホームはスラスラとは進めない。

「龍大ってば!」

朝から苛々モードの彼女は、俺の右腕を両手で掴んだ。

「遅刻しますよ、先輩」

毎朝毎朝、何かしら文句から始まる。
俺はそれを聞き流して、腕を掴まれたまま強引に歩いた。

「……絶対別れてあげないから!」



俺が通う高校の、ひとつ先輩。
制服は規定通りに着こなし、黒髪にツインテール。
度の入っていないはずの赤縁メガネをかけている。
それも、俺の眼鏡によく似たデザインの。
真面目そうに見えるけど、真っ直ぐすぎて厄介。

承諾したつもりなどないのに、俺は彼女のカレシらしい。




まるで、ストーカーか?




いや、違う。
承諾はしてなくても、拒絶もしていないから。


正確に言えば、好きじゃない。
でも、秘密を握られている。
だから面倒くさいけれど、拒絶できずにいる。




地下街を抜け出して枯れ葉の道を歩いても、まだ彼女は怒っている。

「龍大のバカっ」
「先輩は可愛いですよ」
「バカっ。目も見ないで言うなっ!」

彼女は、可愛くてバカだ。

「じゃあ、その眼鏡は捨ててください」
「なんで?」

俺はつい、真顔を作りからかってしまう。

「その綺麗な瞳を見せるのに邪魔をしているから、です」
「……っ…くさいよ、バカ!」

ふてくされた顔に、魔法をかける。

「携帯、壊れてしまったんですよ」

ニコリ、とする。
それだけで、彼女は頬を赤らめる。

「…そうなの?」
「アドレスも番号も携帯任せなので、わからなくなって」
「そうだったんだ。ごめんね」
「今日、一緒に携帯買いに行って貰えますか」
「うん!行く!」

放課後の約束なんて面倒すぎるけど、こうして機嫌を取らなければ、一日延々と拗ねたり怒ったりだ。


全ては、秘密を守るため。
生活のため。


「じゃあ、バイト終わったら電話してね」

お揃いの携帯を買い、すっかりご機嫌な彼女。
俺は色ちがいのそれを手に、彼女に手を振った。
そらされない彼女の視線を背に、バイトへと向かった。




「お帰りなさいませ、お嬢様」

黒いスーツに白いシャツ。
微笑みを見せながら、仕事をこなす。
キャッキャとはしゃぐ女のコや、恥ずかしそうに俯く女のコ。
いろんな子たちへ、笑顔をふりまく。

――俺のバイトのひとつは、執事だ。

高校生が、執事喫茶でバイト。
しかもバイト禁止。

バレたら困る。
ここのバイト代が、俺の生活費だから。

先輩が握っている秘密とは、このささやかなようで重要なバイトのことだ。


そんな精神的な疲れを呼ぶ仕事のあと、小さな団地の一室へ帰る。
お帰りなさいの言葉なんて、暫く聞いていない。

「…ただいま、お父さん」

写真に話しかけても、返事はない。
何年も昔の、親子三人が笑っている写真……

一年と少し前。
父は、殺人事件の被害者となって死んだ。
母は、その事件の唯一の目撃者でありもう一人の被害者……
傷は癒えても心は癒えず、心慮内科に入院を繰り返している。

父が遺したお金は、母の入院費に消えるばかり。

だから俺は、働いている。


「……もしもし」
 
カップ麺にお湯を注いでいると、何もいじっていないつまらない着信音が鳴った。

「龍大、お疲れ様!」

真新しい携帯に、番号を唯一知る彼女からの声が届く。

「うん……」
「元気ないね」
「別に…」
「もう家にいるよね?」
「いるけど」
「今からお邪魔するね!」

なんとも強引。
かつ、なんとも早い訪問。
電話を切る前に、ドアはノックされた。

「……なんですか?先輩」
「あのね、肉じゃが作ってきた」

こんなことが、週に数回ある。
でも実は、これに関しては有り難く感じていたりする。
まともな手料理なんて、今はこれしか機会がないから。

「美味しいですね、先輩のお母様の手料理は」
「でしょっ。私も勉強中だから、待っててね」
「お母様のほうが有難いですが?」
「なによそれ〜」

美味しくあたたかい料理は、気持ちを柔らかくしてくれる魔法だ。
朝は冷ややかにしてみせても、今は素直に笑っている。

「卯の花が食べたいです」
「えっ?」
「もう亡くなったおばぁちゃんが作ってくれた卯の花、美味しくて覚えてるんです」
「お花?食べれるの?」

キョトンとしている彼女。
俺はその顔を見て、また笑う。

「もし美味しい卯の花が食べれたら、お礼にひとつだけお願いを聞きましょう」
「ねぇ、お花なの?」
「ノーヒントですよ、先輩」




――正確に言えば、好きじゃない。

LOVEじゃなくて、LIKE。
 
 
 
 
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