□あいするひと
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すごくすごく好きなひとがいる。

そのひとのことを考えては、眠れない夜を過ごすような……

ドキドキする気持ちよりも、
チクチクと痛む気持ち。

好きで好きで好きで、
どうにかなりそうな恋。




――あいするひと――





「亮太郎くん、課題まだ提出してないでしょう」

彼女は予想通り、帰り際の俺を呼び止めた。

「すいませ〜ん、明日こそ」

俺はヘラヘラと笑いながら、愛車(チャリンコ)に跨がる。
彼女は困ったような顔をして、ため息をひとつ。

「もう何日待ったっけ?」
「明日は必ず!」

3日前が提出期限の、美術課題。
俺は出来上がっているそれを、わざと家に忘れたままでいる。

「明日忘れたら、本当に点数あげないよ?」
「はぁ〜い!先生、また明日!バイバイ♪」

足を掛けていたペダルを踏み込み、彼女に手を振った。
そして駐輪場を抜け出しながら、込み上げる笑顔を右手で覆った。

「あ〜、やっべぇ〜マジで!」

明日、課題を提出する。
それは最初から企んでいた。
明日は彼女の…
美術教師・藤咲 郁(フジサキ アヤ)の誕生日なのだ。
そして課題は、人物画。
俺は迷わず、彼女の顔を描いた。
バレないように、授業時間は居眠りのフリをして。
こっそり家で描いて。

何故ならば、描くことが俺の唯一の特技だから。
大好きなひとへの想いを、一枚の水彩画に込めたのだ。

それを明日、
誕生日プレゼントと言って渡す。

簡単に単純に教師に告白なんて出来たもんじゃないから、そうやって精一杯の想いを伝えたい。


どんな顔をするだろう。
喜んでくれるだろうか。

……単純すぎる俺は、そんな前向きなことしか考えていなかった。



翌日、スケッチブックを抱えて、教室ではない場所へ向かった。

朝イチで彼女が美術準備室へ清掃にやってくることを、俺は知っていた。

それくらい、いつも見ていた。


「おはようございます!」

俺がドアを開けると、彼女はビックリした顔で振り返った。

「どうしたの?亮太郎くんが遅刻せずにこんな早くに?」
「え〜毎日遅刻なんてしてないっすけど〜」
「そうだったかしら♪あ、課題ちゃんと持って来てくれたのね」

彼女は差し出される前に、それに気付いた。

「はいっ」



無造作に突き出したそのスケッチブックの絵には、メッセージを添えてある。
鉛筆書きで、小さく。

Happy Birthday

って。
 
彼女はそれを受け取り、パラリと表紙をめくった。

「……あっ……」

その課題は、人物画。
俺が今、一番好きなひと。

「亮太郎くん…ありがとう」

俺の企んだプレゼントは、無事に渡ったようだった。

だけど…………

俺は、気付いてしまった。




左手薬指に、昨日まではなかったモノが光っていた。

「先生、その指輪」
「あ、もう気付いた?」

嬉し恥ずかしいような笑顔をして、教師じゃない顔をして、彼女は告げた。


「これ、仲江川さんから貰ったものなの」



「……はっ?」



俺は意味が解らなかった。
なぜなら、仲江川は俺の苗字。
周りに同姓はいない。

そしてその真意は、すぐに明らかにされた。


「亮太郎くんのお父様よ」




―――なんて展開なんだ。

親父?
あのヒゲ親父が?
明らかに彼女よりも背が低い、田舎訛りの言葉で話す、優柔不断男が?

彼女にプロポーズした?

「今まで隠しててごめんなさい。私、亮太郎くんのお父様と、結婚を前提にお付き合いさせていただいています」

ありえなさすぎだろ。

マジでありえない。
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