駄文(更新)

□有利な不覚
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半ば自棄になった仙蔵の、鬼神の如き暴れっぷりは、その城で後々まで語り草になった程だ。

とにかく、彼は普段なら有り得ない位にボロボロになりながらも、なんとか二人を連れて森まで逃げおおせた。

汗を拭うと、額に付いた煤が伸びる。

白磁の肌に似合わぬそれを見て、下級生はきゃらきゃらと笑った。

「七松せんぱいみたーい」

「いけいけどんどんですかぁ?」

「うるさい、黙っておれ」

どこまでも気楽な彼らに、毒気を抜かれながら溜め息を落とす。

と、こちらに向かって走って来る五つの気配を捉え、咄嗟に二人を抱えて高い木の枝に飛び上がる。

「静かに」

さすがに緊張した様子の二人と共に、地上の追跡者達をやり過ごして、暫く経った後。

するり、と結んだ荷の布がほどける音がした。

「あ!」

落ちる茶器を拾おうとして、手を伸ばしたしんべヱの体が、ぐらりと揺らぐ。

「福富!」

慌てて追いかけた掌が、空を掴む。

ぞっと青褪めて目を見開いた先で、誰かの腕が、確かにしんべヱを受け止めたのが見えた。

僅か一丈ほど離れた枝の上、その人物は子どもを覗き込んで、目だけで笑う。

「食満せんぱい?」

こてんと首を傾げるしんべヱが、そう呟いた瞬間、仙蔵はかぁと赤面してしまった。

こんな姿を、同級の――しかもよりによって、普段から小馬鹿にしている相手に見られるなど、いっそ死にたい程の屈辱である。

が、ふと顔を上げたその容貌に、どことなく違和感があった。

隣で喜三太の、甲高い声がする。

「もぅ、ちがうよ、しんべヱ」

「オラそーだに似てーかなー」

と苦笑した青年は、確かにその鋭く切れ上がった吊り目や面長な顔立ちが、かの用具委員長を彷彿とさせたが、声音やふとした動作、瞳の色。

なにより纏う雰囲気が、明らかに別人のものであった。

「いさしかぶりだーな、喜三太」

「はーい!お久しぶりです〜」

「あ、思い出した!」

得心するしんべヱにひとつ頷いて、意気揚々と喜三太が振り返る。

「立花せんぱい。
こちら、ぼくが通ってた風魔流忍術学校の六年生、錫高野与四郎せんぱいでーす」

そう丁寧に紹介されてしまい、流れ上「…どうも」と挨拶せざるを得ない仙蔵に、与四郎は何度も目を瞬かせた。

「?立花?
おめーがでこー好ーてうんめろせーてった先輩だべー」

しかし、すごい訛である。

何かに驚いたように、しげしげと仙蔵に見入る。

「いげーだーな。
喜三太がさんざっぱらかっけーの強ぇーのと、むっかむてんにめぐらってーし、よくせきーの大男じゃねーかと思ってーたさー」

なんとなく意味を把握して、相手を睨みつける。

つまり、想像より小さいと云われたのだ。

忍びとして、小柄である事は時に望ましいのだが、他と較べてあまりに華奢な体躯は、密かな憂いの種であった。

少年らしい矜持を刺激されて、少しだけ険のある表情をした仙蔵に、何の屈託もなく、与四郎は笑いかける。

「よまんどしの縁だべー。
もやいでやんべーよー」

「…助かります」

渋々という風情で、そっぽを向いてそう告げると、下級生二人が楽しそうに顔を見合わせた。













実際に、与四郎が居てくれた事で、かなり助かった。

抱えるのが一人であれば、そのまま移動するのも楽であるし、応戦する事もできる。

相変わらず、この後輩達と同行している間は、地獄のように運の悪い仙蔵であったが、与四郎は実に巧くそれらを突破して見せた。


仙蔵を目掛けて飛んできた手裏剣を叩き落とし、

「与四郎せんぱいかっこいいー!」

「いやー、照れんべ」

「…すみません」

「くじかってーに、気にしねーでいーだよー」

撒いても撒いても押し寄せる追跡の忍び達を幻術に掛け、

「はにゃ、しんべヱまで目ーまわしてますぅ」

「うぅ、鼻水が…」

「おいねー。
気付け薬だべ」

「…ありがとうございます」

降りかかる災難の数々に辟易しながらも、仙蔵は、その手腕に感心していた。

風魔流の忍術がどんなものか、書物や伝聞で知ってはいたが、ここまで間近に見たのは初めてだ。



その内に、はしゃぎ疲れたのか、子ども達は眠ってしまった。

腕の中で健やかな寝息をたてる下級生に、ようやく大人しくなったか、と安堵の吐息を落とす。

その様子にくすりと笑って、与四郎は

「こっちに川があんべ」

と云いながら、仙蔵の頬についた汚れをさらりと指で拭った。

学園に着く前に、なんとか身なりを糺したかった仙蔵は、素直に礼を云って頭を下げた。



 
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