短い物
□AR:螺旋の星
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何も見えない暗闇の中で、男は意識を取り戻した。
体は動かせないが、肌に触れる感触で、自分は土の中にいるのだと分かる。
そうだ。
自分はまた、いつものように採掘の作業をしていたんだ。
いつものように、“聞こえてくる声”のままに掘っていた。
そして、十数メートルほど掘ったところだったろうか。
不意にその“声”が聞こえなくなったのだ。
70年も生きてきて初めての出来事に、思わず手元が狂った。
そして、“声”なしでも分かる、掘るべきではない場所にドリルを入れてしまったのだ。
あれからどれくらい経ったのか。
周りで同様の作業をしていた者もいた。
彼らがまだ自分を掘り起こしていないということは、それほど時間は経っていないはずだ。
あの崩落で岩でも落ちてきていなければ、だが。
──ここまでか。
今までにも、ふとした時に思っていた自分の最期だ。
どこかで聞いたことがある。
かつて、戦場において傷ひとつ負わなかったという男は、その晩年、ふとした事で小傷を負い、自身の最期を悟ったという。
まさしく、今の自分の状況ではないか。
記憶にある限り、穴掘りと共にあった自分が、まさか落盤を起こすとは。
風の噂で聞く限り、かつての仲間で残っているのは数えるほどしかいない。
ある者は宇宙の平和のため、星の向こうの仲間たちとの対話のテーブルにつき。
ある者は星を守るため、語り部でありながら最前線に立つ指揮官となり。
ある者は未来のため、子どもたちを育む教育者となった。
そして自分は、そんな誇らしい仲間たちを支えられるような、次代の者たちが進めるような穴を掘ってきたつもりだ。
先に逝く仲間たちを悼みながら、しかし自分にはそれしかできないと、愚直に掘り続けてきた。
その最期が、これか。
自嘲するように息が漏れる。
しかし、なかなかどうして良い人生だったのではないか。
穴を掘った先で出会った仲間たちとの青春。
最愛の人を失った時の痛み。
この“役目”を選んでからも、決して忘れる事はなかった。
あの頃の仲間たちに会えるのなら、この死も悪いものではない。
少し遠くに、ドリルの音が聞こえる。
電動のものが主流となった今でも使う、手に馴染んだドリルの音だ。
その音に乗るように、声が聞こえる。
暗闇の中に姿が浮かぶ。
どんな時でも、お前がやるんだと引っ張ってくれた人。
土まみれになった手を包み込んで、愛していると言ってくれた人。
リーダーとしての自分を支え、いつだって下から押し上げてくれた人。
懐かしいあの顔に、このまま眠れば会えるだろうか。
手足から力が抜ける。
呼吸が静かになっていくのが分かる。
ゆっくりと意識が沈んでいく。
心残りが無い、といえば嘘だ。
やり残したことだってあるし、目をかけていた者の先だって心配だ。
だけど、なぜだか心は晴れやかだ。
大丈夫。
きっと大丈夫。
あの時の彼が信じてくれた人間もこの世界も、きっと大丈夫。
安心して、逝ける。
「……あばよ……ダチ公……」
なんとか動く唇で小さく呟き、男は動かなくなった。
──こうして、『穴掘り』と呼ばれた男の生涯は、幕を下ろした。