main

□雨ト破壊ノ理論
2ページ/3ページ


雨は不思議に甘い。



水滴が肌を好き勝手に滑るのを許しながら、フリーは“笑う雨”を探して歩いた。
みるみるうちに全身余すところなく濡れ、水の膜に包まれているような感覚を覚え、それでも雨はお構いなしに彼を打つ。夏の雨もまた、日差しと同じく容赦が無い。




“笑う雨”の正体はすぐに見つかった。

水の色をした長い髪を弾ませ、細い脚もまた大地を跳ね回る。雨に打たれる喜びに、全身で踊る。まさに、カエルの如く。


「楽しそうだな」

こちらの声が雨のざわめきを越えるように、腹の底に普段より少しばかり力を込める。

「ゲコ?」

ぴたり、と動きを止めてエルカはぱっと振り向いた。動きにメリハリがある。ついていけない髪はぱらりと広がっては頬に張りつき肩に引っ掛かり、水滴を辺りに撒く。彼女は気にしない。

「なぁにフリー、あんたも雨が好きなの?」

二つの丸いチークメイクを三日月型に唇が結ぶ。吊り気味の眼窩に納まった瞳孔が艶々と輝いて、黒い真珠を思わせた。
向き合うようにして立った二人の間は、雨のカーテンが視界も音も遮る。しかしエルカの声だけは、騒々しくざわめく世界でよく映えた。

「俺は晴れている方が好きだ」

フリーは正直に答える。瞼を乗り越えてくる雫に、何度も瞬きが繰り返される。本当に透けて見えるカーテンが引かれたように、フリーの視界はぼやけてしまう。

「ゲココっ!じゃあどうしてこんな所に居るの?」

エルカは笑う。フリーを雨の中へ誘った、軽やかな声。
フリーよりも大きいはずの目は、雫を避けようとせず、むしろ迎え入れているようだ。

「ずぶ濡れじゃない。バカねぇ」

再び足がステップを刻み始める。水分を含んでいるはずの髪は重くなる気配が無く、またぱらりと遅れてエルカに続く。

「お前もずぶ濡れじゃないか」

堪らず目元を拭う。が、その腕さえ濡れていて使い物にはならない。
雨音が相変わらず鼓膜を引っ掻いている。

「私は好きだから良いのよ」

跳ね回りながら、エルカは三日月型になったままの唇からぺろりと舌を出す。雨水を飲むようにも、何かに対して見せ付けるようにも見える。

「晴れなんて嫌いよ」

「何故だ?」

くるり、と一回転して再びこちらに向き直る。水玉のスカートも型崩れすることが無い。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ