ドルチェ

□grave
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じめじめとした梅雨の季節が去って暫く。



初夏の日差しが感じられるようになったこの頃。



ようやく涼しい図書館に着いたので日焼け避けに被った帽子をとって一呼吸ついた。



持ってきていた本の返却を終えてからテーブルについて鞄の中身の一部を広げる。



ペンを握ったところで後ろから声を掛けられた。



「ノエルさん」



ニコニコしてこちらに来るのは司書の佐倉さんだ。



『佐倉さん、こんにちは』



「こんにちは。
今日は本は読まないんですね」



佐倉さんはテーブルの上を見て珍しいと言いたげだった。



『レポートを仕上げようと思って。
期限が迫ってるんです』



「学生さんは大変だ」



佐倉さんはじっとレポート用紙を眺めてから近くの椅子に座った。



「ノエルさんが通ってる大学って、あそこのですよね?」



佐倉さんが指差した窓から覗く大きな建物。



この図書館のすぐ近くにあるから窓からも見えている。



『はい。よくわかりましたね』



「あてずっぽうだったんですが……あそこの学生さんかぁ。
頭いいんですね」



『そんなことないですよ』



「ちなみに学部は?」



『医学部です』



「そうなんですか。
文学部だと思ってました」



『私もどうせなら文学部がよかったんですけど、父の意向で』



「将来は医者になるんですか?」



『ならないと思います。
父も、医者にさせるつもりはないみたいです。
ただ、医療の知識は無駄にならないからって』



この間の電話の一件で、お父様がどういう意味でそう言ったのかもよくわかった。



「ところで話は変わるんですが」



『はい?』



「先週俺が勧めた本を覚えてますか?」



『はい』



佐倉さんは度々オススメの本を紹介してくれる。



そしてそのどれもがすごく面白いからびっくりだ。



私も本が好きでたくさん読むけれど、佐倉さんはもっと多くを読んでいて、本が好きなんだと思う。



司書って仕事をしているのはきっと楽しいんだろうな。



「実はあれ映画化したんです」



『そうなんですか!?
面白そうですね!
今度見に行こうかな』



「あの、じゃあ一緒に試写会行きませんか?」



『え?』



「突然ごめんなさい。
実は試写会のペアチケットを応募してたら当たって。
もしよかったら、一緒にって…」



『私なんかでいいんですか?』



「あなたがいいんですよ」



『じゃあ…お言葉に甘えます』



最近少し落ち込んでいたからちょうどいい気分転換になるかもしれない。







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