トワエモア

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ちょっと出てくると言って沢田さんが屋敷を出ていってから30分。
任された仕事もちょうど区切りがついたところだったので、椅子に腰掛けたまま伸びをした。
パソコンつかったり、書類に書いたりする仕事は目と首が痛くなる。腰と肩も。
そろそろ年齢を感じはじめている。

休憩がてら自室に戻ろうと立ち上がり、部屋を出る。
以前アメリアさんに説明されたように、幹部の部屋が並んでいる辺りにはひとがいない。
今日も誰ともすれ違うことなく自室に着くかと思ってた。
けど、廊下の先にこちらに背を向けて立つ黒いスーツの男性が見えた。
不思議に思いながらも歩を進めると、その男がゆっくりと振り返った。
その拍子に、黒い短髪が小さく揺れる。

『こんにちは』

泥棒のようにも見えなかったので営業スマイルで挨拶をすると、彼の黒く鋭い目がこちらに向いた。

「……君、見ない顔だね」
『一月程前から、こちらでお世話になっております。野々宮依織です』
「じゃあ君が新しい秘書なの」
『はい』
「ふうん」

スッと視線が逸らされて、何でかほっとした。
彼の鋭い視線には、緊張してしまう。
この男性は、多分、日本人だと思う。
色は羨ましいくらいに白いけど、髪と目は黒いし、日本語も流暢だし。後は勘。

「ねぇ、じゃあ綱吉のところまで案内して」
『沢田さんですか?生憎今はあけているのですが……すぐに戻りますから、応接室でお待ちいただけますか?』
「綱吉の執務室でいいよ。帰ってきたらすぐ来るでしょ」

すたすたと歩き出すので、慌てて後を追い掛ける。

『すみません、勝手に執務室にお通しするわけには――』
「大丈夫。僕がいたって綱吉は何も言わない。僕が何かするんじゃないか心配なら君が見張ってれば」

なんて横暴な言い種だ。
普通ならこのまま行かせるわけにはいかないんだろうけど……私の本能が逆らうなと告げている気がする。
それに、もしこの人がお偉いさんだったら無下に断るのも、よくないしね。うん。
別に、怖いからいうこと聞くわけじゃない。
うん。一番合理的な道を選んだだけだ。






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