CHANCE
□気に入ったから
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ノックをしてから、失礼します、と告げて応接室に足を踏み入れた。
「やっときたね」
雲雀さんに促されるままに彼の向かいのソファに腰をおろす。
『ご用件は?』
「ねぇ、君は僕が怖くないの」
――葵、僕が怖くないの?
初めて雲雀さんに会った時言われたことが思い浮かんだ。
『…なんでそんなこと聞くんですか』
「クラスの奴らにいろいろ聞いたんじゃないの、僕のこと」
『聞きましたよ。最強の不良だとか、気に入らないやつは容赦なく咬み殺す、とか』
「そのわりに君は怯えないんだね」
『だって、私は雲雀さんのことをよく知らないですから。噂だけで判断なんてするものじゃないってわかっていますし』
「ふーん…やっぱり君は面白いね」
雲雀さんはどこか遠い目をしていた。
「本題になるんだけど、今日君をここに呼んだのは、君に風紀委員会に入ってほしいから」
『風紀委員会?そういえば雲雀さんは風紀委員長でしたね』
「校門で君に会った時君は僕に怯えてなかったから、もしかしたら大丈夫かと思って呼んだんだ。転校生だから委員会入ってないし、調度いい。雑務をしてくれる人が足りないんだよ」
『…私は、入りません』
「ワォ、即答?」
正直に言えば入りたい。
また、雲雀さんの近くにいたい。
彼の役に立ちたい。
でも、復讐する上でこの感情は邪魔にしかならないのだ。
もし雲雀さんに正体がバレたりしたら、意味がなくなる。
雲雀さんの中で、汚れてしまった河上葵じゃなくて、神崎葵でいたいから。
「君、いい度胸だね」
『すみません』
雲雀さんは溜息をついた。
「…一応考えておいてよ。気が変わるかもしれないよ」
『………はい』
気が変わったら、困る。
でも、雲雀さんと一緒にいると、気が変わってしまいそうだ。
こんな感情捨てなきゃいけないのに。
『何でそこまでして私に…』
「…気に入ったんだよ」
それは違う。
あなたは私に会ったとき感じた違和感の正体が知りたいだけ。
何だかいたたまれなくなった。
『私、失礼しますね』
立ち上がり、出口に向かおうとすると、ちょっと待ってと呼び止められた。
「せっかく来たんだから、コーヒーくらい飲んでいったら。ミルクと砂糖いる?」
聞いておいて選択肢はないらしく、彼は私の返事より先に草壁さんにコーヒーを頼んでいた。
相変わらず自由な人というか、強引というか。
諦めてソファに座りなおすとすぐに草壁さんがコーヒーを持ってきてくれた。
あの頃と一緒。
雲雀さんと向かい合って、よく一緒にコーヒーをのんだ。
砂糖とミルク、か…。
雲雀さんは基本ブラックしか飲まない。
なのにそれらが応接室にあるのは、そういえば私がきっかけだった。
懐かしい思い出が頭をよぎった。
加筆修正2012/04/13