CHANCE

□変わったのは、僕だった
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はじめはただの気まぐれだった。





彼女の名前は知っていた。
成績優秀で素行も良い。
クラスメイトからもしたわれている。
模範生とか優等生とかいう部類の人間だと聞いていた。
その彼女が、授業中のはずなのに廊下を一人でふらふらしていたから疑問に思って近付いた。
早退か、保健室にでも行くのか。
もしサボりなら咬み殺すつもりだったのだ。
けれど、彼女は僕にぶつかるなり意識を飛ばしてしまった。
そのまま放っておくことだってできたのに、その時の僕はそうしなかった。
というよりも出来なかった。
その時の僕はそれが何でかはわからなくて、ただの気まぐれだと思っていた。



応接室のソファに寝かせて放っておこうとしたけど、苦しそうな彼女を見て、ついつい看病までしてしまった。

それから暫くして、僕は自分の彼女に対する気持ちを自覚する羽目になる。
僕に限ってあり得ない、そう思っていたのにいつの間にか葵が心に住み着いていた。





* * *





『雲雀さんこの書類、ここの欄お願いします』
「わかった」
応接室で雑務をこなしながら、ふと考えたのは葵とはじめて会った時のことだった。
あれからもう数ヶ月が経ち、今では僕らの関係も以前とは違うものになっている。
少し前に、僕らは世間一般でいうところの恋人同士になった。
けれど葵といる時間はほぼ委員の仕事だから、恋人らしいことをしてあげることができていない。
葵もやっぱり、そういう恋人らしいことをしたいと思うんだろうか。

「葵」
『はい?』
「いつも委員会の仕事ばかりで悪いね。今度時間つくるから、一緒にでかけようか」

葵は先程までしきりに走らせていたペンを止めると、僕をきょとんとした顔で見詰める。

『それって…つまり、デートですか?』
「そうだね」
『でも暫くの間は忙しいんじゃ…』
「葵のためなら時間くらいつくるよ。葵はそういうことしたいと思うだろう?」
『そうですね、そういう恋人らしいことにはやっぱり憧れます。…でも、わざわざ時間を作らなくていいですよ。』

葵はにこりと笑った。

『今は忙しい時期ですし、雲雀さんは群れるの嫌いでしょう?私がしたいようなデートは、雲雀さんにはきっと窮屈になっちゃいます。雲雀さんが退屈しないようなデートもあるかもしれないですけど、それはまた時間のある時でいいんですよ。今の私はもう充分満足してるんです。だって…』

恥ずかしそうに頬を赤く染めて葵は僕を見る。

『こうやって応接室で仕事をしてても、委員会の見回りでも、ただの登下校でも、雲雀さんと一緒になら、幸せなんです』

こうして一緒に仕事してるだけでもデートみたいなものじゃないですか、と続ける葵。

「ワォ、凄い口説き文句」
『えっ、口説き文句ですか?私…変なこと言っちゃいましたね』
「変じゃないよ。僕だって、君となら一緒にいて…」

幸せだ、何て言おうとして直前で言いとどまる。
さすがに柄にもないにも程がある。

『雲雀さん?』

急に黙り込んだ僕を不思議そうに眺める葵。
ひとの気も知らないで呑気なものだ。

「何でもない」
『何でもないって感じじゃないですよ?』
「何でもないよ」

きっと口になんかしなくても、彼女になら伝わる。
その証拠に少し考える素振りをみせた後、行き着いた答えに葵の顔がみるみる赤くなった。
雲雀さんに限ってそんなのあり得ない、とポツリともらした葵の耳元に唇を寄せ、葵の想像はきっと合ってるよと囁けば、彼女は湯気が出そうな勢いで、つられて僕も笑ってしまった。

一年前の僕が今のこの緩んだ僕の顔を見たら、きっと馬鹿だと思うんだろう。
だけどそれでもいいと思えるのは、きっと、



変わったのは、僕だった





桜呼さまリクエストのCHANCE番外編です。
企画参加ありがとうございました。


本編はあんまりほのぼのさせてあげられないので番外編くらいは和やかにしようと思ったらなんともまぁ…誰これ状態の雲雀さんになってしまいました。本編でも結構誰これ状態ですけどね…。
CHANCEでははじめての番外編だったんですが、また機会があったら番外編に挑戦してみたいです。






加筆修正2012/04/21

 

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