ポツリとクルマのフロントガラスに雨粒が落ちる。

「…雨、降って来ましたね」
「雨は風情があって、良いじゃねえか」

後ろで紫煙を燻らせながら男はのんびりと答えた。

そりゃ、あんたは乗ってるだけなんだから良いけどね。

アレン・ウォーカーは軽く吐息を付いて、段々激しくなって来た雨を蹴散らすために、ワイパーを速めにする。
気を付けなくては。
事故になどあったら大変だ。自分が運んでいるのは、組の頭…総長と呼ばれる男だ。
何かありました。
では、指が何本あっても足りない。

「あ〜ババァが、飯の時間まで帰れ言ってたな」
面倒臭え。
呟くと男は、乱暴に煙草を揉み消した。
「…………プレッシャー掛けないで下さい」
後ろの男。
総長のクロス・マリアンが言うババァとは、彼の祖母。つまりは、先々代の姐さんの事だ。
アレンが最も恐れる女性だ。いや〜な汗が背中を伝う。

土曜日
夕方


渋滞の要素が満載ではないか。

電話した方が良いかもしれない。
携帯を懐から出そうとした瞬間。
フラフラと飛び出す人影を発見して、アレンは急ブレーキをかけた。


キキキキキー


タイヤが悲鳴を上げる。
「………総長…大丈夫ですか?」
「バカ野郎。オレの繊細なハートが砕けたらどうする?」
「大丈夫みたいですね」
「人の話しは聞くもんだぞ……で、引いたかのか?」

カシュ

ライターを着ける音がする。この一大事に何を暢気に。

「…まあ、初犯だし不可抗力だ。何年か臭い飯を食えば出て来れるさ。その迫力のねえ顔だ。前が付いて少しはマシになんじゃねえか」
「恐ろしい冗談止めて下さい!ひいてはいませんよ」
「倒れてるじゃねえか」
「自分でぶっ倒れたんですよ!ちょっと見て来ます」
「オレも行く」
「ダメです!危ないですから」
「黒髪美人だったんだよ」
「………」

まったくこの人は!
自分の立場を分かっていない!
先に車を出たガッシリした背中をアレンは慌てて追い掛けた。

「………おい」
「何ですか?」
「残念な知らせだ。男だぞ」
「そのようですね…」
長い黒髪の綺麗な少年だった。
シャツは雨を含んでペッタリと少年の肌に纏わり付き、膨らみのない胸を晒していた。
蒼白な美貌やしなやかな体はピクリとも動かない。
「…仕方ねえ」

上着をバサリと脱ぎ、クロスはそれで少年をくるみ軽々と持ち上げた。
「え!どうするんですか?」
「このまま、転がして置くわけにもいかないだろう」
「!」
いやいやいやいや、普段のあんたなら絶対に放置だから。いったいどうしたと言うのだ?
「ここは、更木の縄張りだよな」
「そうですよ!」
組長が狂犬なら組員も狂犬な喧嘩バカ集団ですよ。そんな組の縄張りで揉め事は勘弁して欲しい。
「巨乳の医者がいるじゃねえか」
雨に湿った煙草を吐き捨てながら、クロスはニンマリと笑った。
「…………」
豊かな胸に蒼い瞳が美しい美貌を。繊細な金糸がさらに引き立てて。彼女は特上ランクの女だった。
「フラれたのに未練がましいですね」
「…アレン」
「はい」
「お前も一緒に松本に見てもらいてえのか?」
「ひっ」
ブンブンと頭を振る。そんな凶悪な笑顔怖いですから!
適当な性格や女にだらしない習性から時々忘れかけるのだが、この人もまた、凶暴な獣を胸に飼い慣らしている狂犬なのだ。
逆らうほど命知らずではない。
後ろのドアを開け二人を乗せると、自分も運転席に乗り込んだ。

ああ

ただでさえ時間がないのに面倒を抱え込んでしまった。

溜め息を付きながら滑らかに車を発進させた。




シトシト
シトシト


始まりの雨



が降る。





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