■短編■

□修羅の妄執
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陽は何時の間にか空高く昇り、頬をさする風は心地良いほど穏やかなものだった。かつてはこんな風すらしっかりと感じる余裕すらなく、まるで幻視しているかのような錯覚に捕らわれる。
心の隙間を拭う様に通りすぎゆく風、多少の憧れを抱かない筈がなかった。
――現在に至ってのみに……



「骸さん、いいんレスか?」
金髪の少年はそっと声をかけた。
遠くの景色が一望できる崖上から、遠くを見つめる一人の少年に向かって。
「ええ、いいんです。……やっと来れましたからね」
妖艶な笑みを溢したその少年は、自分の後ろに立つ金髪の少年の方を振りかえった。

「犬、君もここから御覧なさい、ココからならすべて見る事が出来ますよ」
犬と呼ばれた少年は、少したじろぎながらも横に立つ。下を見れば幾百、千もの様々な住宅が広がっていた。
それを見ても、大していい気はしない。反対に吐き気に似た悪寒が走るような気さえした。

「……この中に、ボンゴレがいるんですよ、犬」
「そうれすね。……これで骸さんの目的も……」
骸と呼ばれたその男は、そうですね。と不適に笑った。

骸達には大きな目的があった。それが、
――マフィア殲滅――
ボンゴレというのも、マフィアの一つであった。そしてボンゴレは強さと言えば最初に名が挙がるほど、力は強大。そのボンゴレの時期ボス候補を倒し、利用すれば、マフィア界に大きな混乱を招く事など雑作も無い。
そして何れ、目的は達成される。

「楽しみですね……」
クフフと一つ笑いを漏らす骸。
その右目には、深く刻み込まれた六の文字。昔マフィアから受けた悲痛な記憶の象徴だった。受けた屈辱も痛みも決して忘れる事は無い。
もう片方の犬にとっても、それは同様のことだった。
実験室から骸たち三人は脱出し……現在に至る。
ただ、今この場には二人しかいないのだが。

「あっ、骸さん」
「どうしましたか?犬」
犬は思い出したように周りを見回し、いるべき仲間の一人をきょろきょろ探す。
「カキピーがいないれす……」
骸はまたクフフと笑いを漏らし、何処か遠いあらぬ場所を眺めた。
犬にとっては骸が何を考えているかなんて分かりもしない。別にそれはついさっきから始まった訳ではなく、自分が会った当初からの事だった。
――あのダメ眼鏡、どっかで迷ったんじゃ……バカ眼鏡だびょん――
犬は心の中で千種を侮辱する。
そんな犬を見て、骸は薄く笑う。

「……実はですね、千種には日本のこの地の探索もかねて、僕達のこれからのアジトを探させているんですよ」
「……。そう……らったんれすか」
がくりと肩を落とし、うなだれた犬を見て骸はクハハと声をあげる。
まるで予想通りとでも言うような余裕そうな表情。犬にとっては結構答えるものであった。
 小さな溜息を一つ、目の前の六道骸に気づかれないように小さくつく。
そして気を取り直し暢気そうな声を放った。
「んーじゃあ、もう少しで戻って来るんレスね?」
「まあ、そうでしょうね」
千種ですから。そう一言付け加え、骸は犬のほうをちらりと向いて口端を吊り上げる。

「犬と違って」
「!」

ガーンと効果音が鳴りそうな犬に対して、対照的にクフフと笑みを漏らす楽しげな骸。本来ならありえはしないだろうこの空間に、骸も多少気がゆるんでいた。
本当ならこんな穏やかな時間が流れる事など考えられない。犬も例外ではなく、そんな骸を見て苦笑に近い笑いを一つ……。

……一度は諦めかけた暖かさ。死を覚悟したあの空気。
その過去の記憶と空気や痛みは、今この場には一欠けらも存在しない。出来ればこのまま過ぎ去っていってくれないだろうか? そんな思いとは裏腹に、何かを手に入れればその代価を必ず払わなくてはいけないという定理を知っている以上……この道から逃げる事は許されない。
マフィア界の掟を破り、脱獄してきた骸達。彼らには道を選ぶ権利など存在しないのだ。


骸は俯き加減に遠くの景色を見つめる。彼に押し寄せる様々な思いの数々が、その瞳を何処か悲しく細めさせた。

(骸さん……)
これまで犬が見てきた骸とは、打って変わって見た事の無いもう一つの姿に、少なからず犬は動揺していた。
自分よりもたった一つ歳が上だけの少年。中学生なんて世界から見ればガキに過ぎない。
それなのに弱み一つ見せずに自分を引っ張ってきてくれた目の前のこの人物。
……ただ一時見せた、その表情以外は。

(骸さん……)
犬は時々考えた。骸についてゆくにあたって、自分が骸の足手まといになっているのではないかという事を。
頑張ってついてはいっているものの、圧倒的に骸の方が自分よりも力が上なのだから……。
――ギリ――
歯をかみ締め、悔しさに似た感情が沸き起こる。


「犬、もしも、この計画が遂行されたら何をしたいですか?」
不意にかけられた骸の声に、ビくリと体が反応した。
まさかそんな事を聞かれるとは思っていなかった犬。ただ思いついた事を口に出した。

「肉を死ぬほど食べるレス」
たまたま御腹が空いていたから出た台詞。ただ犬に限っては、その時だけ御腹が空いているという訳ではなく毎日毎時御腹が空いていると言っても過言ではない。
骸も薄く笑い、何時もの事でしょう。と犬ににこやかに言った。
そう言われれば、軽くしょぼくれ、俯くのは犬である。御腹が空くのはし方がない事で彼にはとめる事なんて出来ないのだから。

「骸さん、言いすぎレス……」
明るい日差しの下、うなだれる犬に軽く笑い、あしらう骸。
何処か町で見れるだろう光景が、そこにはあった。
でもそれは何時までも続く事は無い。この世界はすべて会者定離なのだから。
骸の色違いのオッドアイ……しみじみと伝わるその思いを、犬は痛いほど感じ取っていた。
情義などいらない、酒色にふやけたマフィアなんかにかける必要など全く無い。
……そう、心に留め続けてきたのだから。

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