『怪我は無い?気を付けて!!』

面から零れる銀色の髪。
クナイを引き抜いた敵の体から吹き上がる紅い血と、木々の隙間から差し込む白い月光と。

死んだ光を浴びた銀色の獣は怖ろしく、そして美しかった――。


■■ another Garden ■■


「お願いです三代目! 俺に行かせて下さい!」

あの人が酷い怪我を負って里に帰還したらしい事を耳にしたのは3日前。
幸い命に別状は無いそうだが、右腕をやられたと聞いた。

里一の技師と名高い忍がもし敵にその利き腕が使えないと知れたら、それは少々厄介な事で。
その為に戦場ではなく里での治療となったのだそうだ。

はたけカカシ――
あの四代目火影の弟子で、伝説の三忍をも凌ぐと謳われた『木ノ葉の白い牙』の息子である彼は、
左目に有する写輪眼と父親から受け継いだ才能をもって暗部にも所属する里の超エリート忍者だ。


まだアカデミーの教師になる前に就いた任務で俺は彼に命を救われた。

四方を敵に囲まれもう駄目だと思ったその時、銀色の光が目の前を過ぎり一瞬の内に敵を殲滅した。
動物を模した面と、左腕に施された独特の刺青。
里の中では珍しい銀色の髪を見たとき、これがかの有名な写輪眼のカカシだとすぐに分かった。

月光に照らされた、神々しいまでに美しく恐ろしい銀色の獣。
その冷徹な美しさに心を奪われた裏側で、何故だかこの人は誰かに笑顔を見せる事などないのだろうと感じた。

こちらに一声掛けるとまた他の敵へと向かっていた後姿。
彼の消えた方向から暫く目を離す事が出来なかったのを今でも鮮明に覚えている。



それ以来、この胸にあるのは憧れと尊敬。
――そして恋慕の情。

彼も自分と同じ男である事は分かっている。
分かってはいるけれど、里に居る事の余り無い彼の偶の帰還でその銀色を目に留めた途端激しく高鳴り始めた心臓の鼓動に、己の抱いている想いの種類を知ってしまった。
これは強い者への憧れだ、と自分に言い聞かせてもその感情は消える事なく、心の奥底で小さく揺らめく炎となって今でも存在し続けている。

憧れよりはやや強く、恋と呼ぶには少々ささやかな想い。
ずっと胸の奥に秘めたまま、淡い想い出となるのだと思っていたのに…


彼が酷い傷を負って帰還した事を知った瞬間、体中の血が凍りついたのを感じた。
生死には関わらない傷だと聞かされても尚震えの治まらない両腕に、自分の想いはこんなにも強かったのかと愕然とする。

逢いたい。
言葉を交わし、あの時助けてくれた礼を伝えたい。
そして何よりも、彼の笑顔を見てみたい――。

震えと共に湧き上がった強い感情に自分でもどう対処して良いのか分からず、酷く困惑した。
偶々三代目の横にいた時に彼の元へ向かう筈であった医療忍の急務を耳にした時は、己の立場も弁えず衝動のまま三代目に代役を申し出ていた。

俺の突然の申し出に三代目も驚きを隠さなかったけれど、理由を問われることも無く受け入れて下さった。
アカデミーでは訓練中に子供が術を誤って発動させ、怪我を負う事も少なくは無い。
よって教師である俺は医療忍術もそこそこ覚えがあるのだ。

それを知るが故に任せて下さったのだと思うのだが、ただ想い人に会いたいという動機の俺は申し訳なさで一杯だった。


――この木戸の向こうに、あの人がいる。

やはり、まずは『初めまして』だろうか?
会うのは初めてではないが、きっと彼は任務中に助けた中忍の事など覚えてはいないだろう。
いや、それよりも正規の医療忍ではない自分の手当てなど、あのエリート忍者が果たして受けてくれるかどうか――?


暫くの間そんな事を考えながら、火影邸別邸へと続く木戸の前をうろうろしていた。

(なにやってんだ、俺・・・。しっかりしろっつーの)

緊張と不安に震える指に力を込めて両の頬を張ると、意を決して扉を押し開く。

左手には上品な佇まいのこじんまりとした家が。
そして右手側には周囲をぐるりと壁で囲われた草原が広がっていた。

庭と呼ぶには少々不釣合いな、草原の一部がそのまま切り取られたかの様に広がる空間。
其処彼処で花々が己の美しさを咲き競い、その間を虫達が蜜を求めて飛び交っている。

まるで地上の楽園の様なその中に、銀色の光が太陽の日を受けてキラリと輝いた。


あの人だ――!


草の上から上半身だけを僅かに起こし、こちらの方を見ている。
以前里で見かけた時にはその写輪眼を覆うように巻かれていた額宛はされておらず、その左目は閉じられたままだ。

途端に早鐘を打ち始めた鼓動に足を縺れさせながら彼のところまで駆けた。

「はたけ上忍ですねっ?」

こちらの問いに答えながらも、見知らぬ忍の訪問に怪訝そうな表情を浮かべて見上げている。

それはそうだろう。
彼はその身体自体が里の機密。
負傷した写輪眼の居所は、里のトップシークレットなのだ。

自分がここへ来た理由を口早に説明すると、拒否する事も無く大人しく治療を受けてくれた。
しかしその間中彼の視線がずっとこちらに向けられているのが分かって、その緊張は更に増していく。

「なんでそんな難しい顔してんの?」

じっと俺の顔を見詰めたまま、耳馴染みの良い声で彼が尋ねた。

「こっ、これでも緊張してるんです。だってあの写輪眼のカカシですよ・・・」

(頼む!お願いだからもうこっちを見ないでくれ…指が震えて包帯が上手く結べねぇよ)

何とか手当てを終えて後片付けをしていると、あのはたけカカシが礼を言った。
しかも、俺のことを『イルカちゃん』と呼んだのだ。

余りの衝撃に手にしていた消毒液の瓶を取り落とし、辺りに中身をぶちまけてしまった。
慌ててポケットの中にあったハンカチで彼の膝に飛んだ雫を拭こうとしたが、アルコールは気化が早くて薄っすらとその跡が滲むだけ。
「あ、あれ?」と呆けた声を上げると、頭上から笑い声が降ってきた。

その声に弾かれる様に彼を見る。

「わ、笑った・・・」

想像でなら何度も見た彼の笑顔。
だけれど想像と違うのは、その口元を覆う覆面が今は下げられているという事と、想像以上に彼は美しく笑うのだという事実――

この人はこんな風に笑うんだ。
笑顔を見れる日が来るなんて、まるで夢みたいだ…
いや、これは夢なんじゃないだろうか。
でなければこんなに幸せな事が続く訳が無い――。


黙り込んだまま彼から目を離せないでいる俺を、彼もじっと見詰めている。
僅かに唇が開き、赤い舌が覗いた。
陶器のように白い肌と色素の薄い唇。
その中に見えた赤は、やけにリアルだった。


夢ならばいっそこのまま醒めないでいてくれたら。
このまま彼と二人、夢に捕らわれてしまいたい。


ふいに空気が動き、彼の左腕がこちらへと伸べられる。
右の頬に感じた自分よりも若干低い彼の温度に、ぴくり、と体が揺れた。

(ふ・・・れられて、る?)

夢じゃない――。

想像の中の彼には体温など無かった。
だが、今自分の頬に感じるのは紛れもなく彼の温度。

確かめたくて、触れている彼の左手に自分の指を添える。
指先からもじわり、と自分のものではない温度が伝わって、思わず彼の名を呼んだ。

「はたけ、上忍・・・」
「カカシ、でいいよ」

返された声に、やはり夢ではない事を知る。
早かった鼓動が更にスピードを上げて、心臓は今にも壊れそうだ。

夢でないのなら。
あの時の礼を伝えなくては。

「カカシ、さん」
「なぁに、イルカちゃん」

声が震えて裏返りそうになる。
身体中の血が沸騰しているかの様な感覚にクラリと目眩がする。

「おれ…、貴方に命を助けられました。任務中に」
「戦う貴方は神々しいまでに美しかった。でも、笑顔を見せる事などないのだろうと思っていました」

何も言わない彼に、瞳を閉じてただ自分の思いだけをぽつぽつと話した。

俺の心は、あの時の美しくも怖ろしい銀色の獣に捕らわれたままだった。
人の温度など感じさせない、笑う事など無いだろう銀色の獣に。

だけれど、目の前にいる彼は熱を持った、自分と同じ人間だった。
そしてその笑顔は同じ男とは思えないくらい、美しい――。

「それなのにあんまり綺麗に笑うもんだから、俺、見蕩れちゃいました。男なのに変ですよね…」

照れ笑いを浮かべながら、鼻の傷跡をポリポリと掻いた。
実際言葉にしてみると、なんと恥ずかしい事を口にした事か。

(どんだけ乙女なんだよ、俺は・・・)

「俺、あの時のお礼が言いたくて! 火影様に我侭を言って此処へ来させて頂いたんです」
恥ずかしさに口早で捲くし立て、勢い良く頭を下げる。

「本当にありが…って、わっ!!」
「来てくれてアリガト」

言葉と共に彼の腕の中へと引き寄せられた。
突然の抱擁に頭が追いついていかない。
カチコチに固まった身体は身動ぎ一つ出来なかった。

(抱き締められてる――?!どうして…?!)


「今度からさ、里に還って来た時には、アナタの顔を見に行ってもいい?」
「俺、の…?」

あの写輪眼のカカシが、俺の顔を見に来ると言うのか――?


今日という日は一体なんて日なのだろう。
もしかしたら、今時分は一生分の幸せをここで使い果たしているんじゃないのだろうか?

それならば一生の想い出として、彼を抱き返してしまっても良いだろうか。


「お、俺…、アカデミーの新米教師なんです。だから、大抵はアカデミーにいます」

彼の背中に両腕を回し、きゅっと力を込める。
見た目よりも随分しっかりしている彼の体からは、先程の消毒液の匂いがした。


――もう、憧れなんかじゃない。
俺はこの人が、好きだ。


彼の真意は分からない。
先程の言葉だって、只の戯言に過ぎないかもしれないけれど。

それでも俺はきっと、いつまでも彼の訪問を待ち続けるだろう。
例え会いに来てくれなかったとしても、自分から会いに行く。

そして、いつかきっと伝えるんだ。


『貴方が、好きです』

心の中でそう呟くと、もう一度回した腕に力を込めた――。


end


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