切り取られた空の隙間から
遥か昔の光が届く




あぁお願いです

せめて今夜だけ――




□■ 星に、願いを ■□




「じゃ、悪ィけど後宜しく頼むな」
「おう任せとけ」


夜の教務室。
申し訳なさそうに帰って行く同僚の背中を見送って、壁に掛けられているカレンダーに視線を投げた。



その数字を確認するのはこれで本日何回目だろう?
本当は今日が何日かなんて見なくても分かっているのに、気が付くと目で追ってしまう自分がいる。




今日は9月15日。

あの人――
はたけカカシの生まれた日。





彼は今、里には居ない。

数週間前から掃討作戦に出ている男は、出立前に自分の事が好きだと告げてきた。
普段は眠そうに半分閉じられている瞳は真摯な色を湛えていて、それが冗談では無い事が容易に伝わった。



その時の自分はと云えば――
馬鹿みたいに口を開けるばかりで、何の返事もする事が出来なかった。
相手の真剣さが分かるからこそ、何も言えなかった。





彼の事は決して嫌いじゃない。
寧ろ好きだと思っていた。

しかし彼に寄せる好意が男女のそれと同義かと考えた時、一瞬にして役立たずな思考回路はフリーズした。





――男同士の恋愛。

割と性にオープンな忍里では、特に珍しい事でもない。
だが自分がその当事者になるなんて、今まで一度だって考えた事がなかった。



きっと聡い彼のこと、自分がこうなる事くらいお見通しだったのだろう。
だからこそ、自分が任務で里を空ける時期を狙って思いを告げてきたのだと思う。






『一回真剣に考えてみて。帰ったらアナタの気持ち、聞かせて下さい』




別れ際、女なら誰もが陥落するであろう笑顔を浮かべ、そう一言だけ言い残し去って行った。




それから数週間。
自分は彼の思惑通り、片時もその夜を忘れる事が出来ぬまま今に至っている。


日に晒される事の余り無い白い肌や長くしなやかに伸びる手足。
少々クセの強い銀髪も、まるで絹糸の様だった。


その一つ一つが鮮明に思い出されて、知らず鼓動が早鐘を打ち始める。



今まで何度も酒宴を共にしていた。
そんな中で彼との間にあるものは、7班の子供達を介して結ばれた階級を超えた友情だと思っていたのに。




――いや違う…

本当はずっと想っていたんだ。
ただそれを認めようとしなかっただけ。


だって、同性相手に目を奪われるなんて、
その笑顔を見るだけで胸がドキドキするなんて、絶対おかしいと思っていた。


もし自分が女性だったならば、それは間違いなく。




「好き、なのかな…」





好きなのだ。

恋愛感情のそれで、彼のことが。



そして多分、彼は自分でさえ気付けなかったこの気持ちを知っていた。


だからこんな風に考えさせる時間を与えたのだろう。
自分でちゃんとこの恋心を自覚出来るように。






ふっと吐息を吐き出して机の引き出しをあける。


筆記具が整然と並べられたその奥に、ひっそりと仕舞われていた小さな包み。

少し躊躇って、だけどそっと手に取った。



「…そうじゃなきゃ、こんなモン買ったりしねぇよな」



柔らかな包装から透けて見える透明な箱。
コツンと額にあてると、中のものがシャラリとなった。



中身はクリスタルでできた星の飾りが幾つもついたキーホルダー。



1ヶ月程前、久し振りに出た里外任務の帰り道に立ち寄った土産物屋で。

これを目にした時、何故か瞼の裏にあの上忍の顔が浮かんだ。




光に翳すと眩しいまでに清澄な光を放つクリスタルの星々。

なんだかそれは月明かりを受けて輝く彼の銀髪のようで。




男性に贈るには可愛らし過ぎるそれを、どうしても彼に渡したいと思った。






「…よし」



小さく気合いを入れると、飾られたブルーのリボンを解く。

手の中の星達は、光を受けてキラキラと輝いていた。





* * * * *





今夜はもう煮詰まっていた書類を投げ出す事にして、広げたままのそれらを纏めて片隅に重ねる。

見回りと戸締まりを全て済ませ、アカデミーを後にした。






短い生命を必死で叫んでいた蝉の声は気付けば虫達の愛の囁きに変わっていた。

昼間には子供達の騒ぎ声で溢れる校庭も今ではしんと静まり返っている。




少し前まで、一日の仕事を終えて自宅までの道をゆっくりと歩むのが好きだった。

それが何時からか、隣にはカカシが居る事が多くなっていって。




二人、ほろ酔い気分でそぞろ歩く。
ただそれだけの事があんなにも楽しくて、嬉しくて。


そんな日々を、とても心地良いと思っていた。





「どうして今まで気付かなかったんだろうな…」



気付いてしまえば、隣に彼が居ない事がこんなにも寂しいのに。

自覚した途端溢れ出した想いは、胸を切なく締め付ける。





先程確認した彼への任務依頼書によると、その能力からして特段危険なものではなさそうだった。


しかし掃討作戦に戦闘はつきもの。
もしかしたら、今夜も何処かで戦っているのかもしれない。








ふと上空を見上げる。


空全体が薄く雲に覆われ、朧気な光がそこに月があることを教えていた。

ぼんやりとした曇天の中、ただ自分の真上だけが、まるで切り取られたかの様に空が覗いている。




「ああ、星が…」






夜空に空いた穴から、遥か昔の光が輝く。

宇宙の遠い記憶が9月15日という日に届いて、この地上を照らしている。









どうかお願いです。



せめて、今夜だけ。



強く優しいあの人が、

幸せでありますように――……。







「誕生日、おめでとうございます」



手に持ったキーホルダーを、一番明るく輝いている星に翳す。

僅かな光を受けて、キラキラと――





透明な星達と、銀色のルームキー。






星に願いをかけたよ。
早く君に、逢いたい――。



end


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