(楽しむって… 一体ココの里長は何考えてんだ?!)


「…イルカせんせえ…」
閉じたドアを睨みながら五代目の残していった言葉にブツブツと文句を言っていたら、手を握ったままのカカシが恨めしそうな声を上げた。
ハッとして彼を見ると、低い位置からこちらをじとぉ〜と見上げている。

「ハ、ハハ…これくらいの怪我、全然平気ですよ。ご心配なく…」
「心配しない訳ナイでしょーがっ!!」

がたんっと勢いよく座っていた椅子から立ち上がる。

激務を終えて帰還したはずなのに、その表情に疲れの色は見られない。
だが、その代わり。


ヤバイ…目が完全に据わっている。
これは多分。
いや絶対、ものすごーく怒ってる。


防衛本能で思わず身体を固くして、次にくるだろう衝撃に備えた。


「もう…ホントに勘弁して下さいよ。アンタが任務で怪我したって聞いた時、マジで心臓止まったんだから」

また怒鳴られるものと覚悟していたのに、降ってきたのは温かい腕と泣きそうなカカシの声だった。


「済みませんっ!でも、俺…」
「分かってるよ。仲間を助けたかったんでしょう?後先考えないで身体が勝手に動いちゃったんだよね?先生がそういう人だって良く知ってる。だけどさ…」

背中に回された腕が、微かに震えている。

「折角俺がぶっ倒れる事無く無事帰還したってのに、迎えてくれるハズのアンタが大怪我で入院だなんて…ホント、シャレんなんないよ」

搾り出すように出された声も、心なしか波を打っていて。

自分も良く覚えのある、不安と悲しみと悔しさ、色々な思いが混ぜこぜになった感情。
それがカカシの掠れた声から胸に沁み込んできて、ズキンと痛んだ。


「ごめんなさい…」


馬鹿だ。
俺は大馬鹿者だ。

仲間も一緒だというのに一人で勝手に先走って、負わなくても良い怪我を負った上にチャクラ切れまで起こし、たくさんの人に迷惑を掛けた。

その上、特S帰りのこの人にこんなに心配させて…

自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気が差す。


「ごめ、なさ…」
「先生は何時もこんな気持ちなんですね…俺の方こそ、何時もごめんなさい」

何時もの自分にカカシは心底申し訳なさそうな笑みを浮かべて、解かれているイルカの髪をくしゃりと撫でた。


「ね、せんせ。俺ね、頭の先から足の踵まで、アンタに夢中なんだよね」

苦笑いを浮かべたまま、一言一言確認する様に呟く。

「だから、さ。アンタにいなくなられちゃったりしたら、ホンっトーに困るの」
「はい…」
「どうしたらアンタを悲しませないで済むか、俺もちゃんと考えるから。だから、アンタもさ…」

素直にこくん、と頷いた。


本当は身体が勝手に動いちまうんだけど。

でも、もうこの人を悲しませたりしたくない。
あんな辛そうな顔、もう二度と見たくないから。


「俺も…頑張ります」
「うん。頑張って」

ニコリと蕩ける様な笑顔を浮かべて頬に接吻をくれたカカシの身体が突然ブレる。
途端に身体に掛かる重みが増した。

「ちょっ!カカシさん、重いです!」
「はぁぁぁ〜、安心したらドッと疲れが…」

そのままイルカの膝の上に上半身を倒れこませると、いつも眠たげな目を更に重くしてウトウトし始めた。

「カカシさん!こんな所で寝ちゃダメですって!」
「せん、せ、おたんじょーび、オメデト…」

そう呟くと本格的に寝息を立て始めてしまったカカシは、揺すっても暫くは目覚めそうになかった。

(誕生日って、何ヶ月前のハナシだよ…?)

膝の上を陣取って動かない相手を見遣り溜息を吐く。
だが、すぐに思い直して小さく呟いた。

「ま…、いっか」

今はまだ、久し振りに会えたこの人の体温を感じていたい。
暫くしたら人を呼んで、隣のベッドに移してもらえば良いのだから。

ボロボロの忍服は戦闘の苛烈さを物語っていて、この人がどれ程疲労し切っていたかが分かる。
それなのに『誕生日おめでとう』だなんて。

「アンタ自身がプレゼント、か」

この人はあの日の約束をちゃんと覚えていて、律儀にそれを守ってくれたんだ。
大した大怪我も負わず、チャクラ切れも起こさずに。

ランクの重さからいけば、それがどれだけ凄い事なのか考えずとも分かる。


2ヶ月と数日遅れの、最高の誕生日プレゼント。
代わりに自分が入院なんて予想外の出来事はあったけれど。


「俺ぁアンタに首ったけだよ。頭のてっぺんから足の爪先まで、な」


流した血と汗と涙の裏側に、溢れる程のデッカい幸せ。
これを俺に与えてくれる事が出来るのは、この人だけだ。


(だから、アンタが何と言おうが返品なんて絶対にしてやらねーよ)


目が覚めたら、とびっきりの笑顔でさっき言えなかった「お帰りなさい」を言おう。
それに、ちゃんと約束を守ってくれたご褒美も。
俺から接吻けるなんて滅多に無い事だから、きっとすごく驚くに違いない。


開け放った窓から夕日が差し込んで病室を赤く染め上げる。
昏々と眠るカカシの銀髪を撫でながら、驚きに見開かれるだろう紅い瞳を思い浮かべて一人笑みを零した。


end


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