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【僕と君とウェラー卿】



その妖しげな空気に出くわしたのは、ちょうど午後7時を回ったところだった。


夕食を終えて一休みした僕は腹ごなしに城内を散策していた。
ずいぶんと日が伸び、外はまだ少し明るい。
心地好い初夏の夜風が肌を撫でる。
と、その風に乗ってなんともいただけない囁き声が耳に入った。


「大丈夫だよ。優しくするから…」


この声は…ウェラー卿か。
優しく甘く響く美声は、僅かな色気を纏って僕の好奇心を煽った。


「じゃあ、いくよ…」


…。
いや、他人の色恋事情に口を出す気はさらさら無いんだ。
けど、こんな公衆の場にだだ漏れじゃあ困ることもいくつかある。

…とまあもっともらしい理由を並べて、少しの隙間を作っている戸に近付き耳をそばだてた。
それと。ここはひとつ、あのくえない男の弱味でも握ってやろう。
しかし閉め忘れだろうか。彼らしくない。


「奥までいってる?」

「ん…まだ?」


おいおい。
どうやら相手は…あの人だ。
時々言葉にならない声をあげている。
あーあ。
結構好きだったんだけどなー彼女。
そうか…彼女、ウェラー卿と。


「…あ、ごめん。痛かった?」

「ん、」

「じゃあ次はこっち…」


妖艶な彼女の肢体が脳裏に浮かんで男の本能をつつく。
基本的には理性の塊だと自負しているが、体はすこぶる健康な男子高校生。
僕にだって然るべき反応が起きてもおかしくはない。

こういう場合、普段明るく元気な女の子が放つ色気というのは、そのギャップによって萌えが何割増しにも押し上げられる…とかなんとか。
渋谷のおにーさんが力説してたっけ。
僕の4000年の経験値を舐めてもらっちゃ困るんだけどな。


「はい、終わりましたよ。」



先程とはうって変わった明るい声に耳を疑った。


「もう、自分でするって言ってるのに!」

「綺麗で健康な歯ですよ。問題なし。」


は?
歯って…


「ちょっと聞いてんの!?」

「チェックも兼ねて、ね。それに、結構気持ち良さそうでしたよ。」

「う、…。」

「あんなに身を任せてくれていたのに。」

「ちょっと!何か変な意味に聞こえるからやめてー!たかが糸楊枝で!」


…なるほど、糸、楊枝…。
…アホらし、戻ろう。


「あ、どこ行くんですか?猊下。」

「…。」


いつから気付いてたんだ。


「あれ、村田くんいつの間に?」

「いや、ちょっと通りかかってね。」


戸を押すと、いつもと何ら変わりの無い彼女がこちらを振り向いた。


「ふぅん?」

「それにしても…、君にしちゃ無用心なんじゃない?ウェラー卿。」

「いい風が通るものですからつい。
…いや。そうですね、気を付けます。」

「いいじゃんお城の中だし。私が開けといてって頼んだの。」

「…はぁ、全く。
これだから自覚が足りないって言うんだ君は。」


いつもそうだ。
窮屈なことを嫌って。
双黒だとか魔族だとか人間だとか、年上だとか年下だとか、男だとか女だとか…
そういう一切を飛び越えてくる。
そんな彼女を色んな意味で甘やかし過ぎるウェラー卿もウェラー卿だ。


「いくらウェラー卿が一緒だからって、部屋の戸くらい閉めときなよ。」

「えーいいじゃん、涼しいんだもん。」

「だーかーら!そんな無防備な状態なのに開けっぱなしは危ないって言ってるの。」

「だってコンラッドがいれば…」


まだ何か言おうとする彼女の腕を、思わず掴んだ。
…何をやっているんだ僕は。
なぜこんなにむきになる。
驚いて言葉をのんだ彼女の目に、自分の顔が映り込む。
酷く滑稽だ。


「…ごめんね?」

「…いや、僕のほうこそ」


そう呟くように言って、つかんでいた腕を離した。
一つ大きく息を吐いたところで、今まで静観していたウェラー卿が動いた。


「まあまあ、二人とも。
今凄いのを思いつきました。…ふふ」


穏やかに割って入ったウェラー卿は、こらえきれないとでも言うように笑んだ口元を押さえている。


「な、なに?」

「ウ、ウェラー卿?」


なんなんだ。
嫌な予感がビリビリする。


「んんっ、じゃあいきますよ?…俺は、」

「?」

「?」

「無用心な武人です、ってね。ぷぷっ…あはは!」

(゜Д゜;)(゜Д゜;)

「どうです?面白いでしょ?ぷっ…っくっく。」




…いや、何話してたんだっけ…。



なんていうか、やっぱりくえない男ウェラー卿コンラート。









天然ヒロインKYコン様にイライラ猊下
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